舌がピリピリ痛むことが、よくありますよね。舌が傷つくなどしてダメージを受けたり、細菌が繁殖して炎症を起こしたり、潰瘍ができたりすると、痛くて食事もできないほどです。
舌の痛みが、舌癌やその前駆症状だったりすることもあるので、軽視することはできません。
でも、舌を鏡に写して見ても、赤くもなっていないし、傷もできていない。潰瘍も腫瘍も見つからない。ただ、舌の先や側縁部がピリピリ痛む・・・これは、「舌痛症(ぜっつうしょう)」かもしれません。
ストレスの多い現代、私達を悩ませるのが心身症です。心にかかる負担が重すぎると、身体症状となって現れるのが、心身症です。胃潰瘍がその代表ですが、舌痛症もその1つです。
舌痛症とはどのような病気か、その症状と治療法についてお伝えしますね。
舌痛症とは・・・
舌痛症とは、原因不明の舌の痛みです。舌の粘膜表面に、ピリピリした痛みや灼熱感をともなう痛みを生じますが、舌そのものには何の病変も見られません。
同じように原因不明で、舌だけでなく、口の中全体がヒリヒリしたりカーッと熱くなったり、ピリピリ痛んだりする病気を「口腔灼熱症候群(こうくうしゃくねつしょうこうぐん)」と言います。舌痛症は、口腔灼熱症候群の1つと考えられています。
[主な症状は痛み]
舌痛症の主な症状は、口腔内の粘膜表面の痛みです。特に、舌の先端と側縁部が痛みます。舌の上面が痛むこともあります。また、歯肉や口蓋、口唇まで痛むことがあります。
痛みの様子は、「ヒリヒリする」「カーッと焼けるような痛み」「ピリピリする」という場合と、「チクチクする」「ズキズキする刺すような痛み」という場合があります。
痛みの度合は人によって違いますが、重症になると、日常生活に支障をきたすようになります。痛みは1日中続くことが多く、波があります。「舌痛症」あるいは「口腔灼熱症候群」と診断する時は、「少なくとも1日のうち連続して2時間以上痛みがあり、その痛みが3ヶ月以上連続している」場合です。
口内炎や傷がある場合は、痛みで物が食べられませんが、舌痛症では、むしろ何か食べている方が痛みが和らぐようです。舌痛症の患者さんの多くがガムを嚙むのは、そのためです。
痛みは激しいのですが、「痛くて眠れない」とか、「痛くて目が覚める」ということはありません。舌痛症の患者さんは、口の中が乾燥することが多いようです。唾液の分泌が減少しています。
最近わかってきたことですが、舌痛症になると、口の中の感覚が鈍くなるようです。味覚異常を訴える人も少なくありません。味を感じる味蕾が少なくなるなど、口腔内の神経の形態と機能に障害が起きるようです。
また、内分泌系が乱れて、免疫反応にも変化が生じます。舌痛症では、舌や口腔内の病変はありません。舌の表面が赤くなっていたり(紅板症)、白くなっていたり(白板症)、潰瘍や腫瘍ができていたりすることはないのです。
癌などの悪性の病気が、「症状は痛みだけ」ということはありえません。ですから、舌痛症は生命に関わる悪性の病気ではありません。
ただ、悪性の病気の症状の1つとして「舌が痛い」ということがあるので、まず、歯科医・口腔外科・耳鼻咽喉科で診てもらって、「悪性の病気ではない」ことをはっきりさせてくださいね。
[舌痛症にかかりやすいのは・・・]
舌痛症や口腔灼熱症候群の患者さんは、全人口の0.7~3%と言われます。その中で、女性患者は男性患者の8~10倍です。特に40代後半から70代前半の女性が、発症しやすいと言われています。つまり、更年期や閉経後の女性がかかりやすいと言えます。
若い女性や男性が舌痛症を発症することは、まれです。
また、舌痛症の患者さんの多くが、強いストレスを抱えています。
最近の研究では、遺伝子と舌痛症の関係が少しずつ明らかにされています。舌痛症のように原因不明の慢性的な疼痛に悩む病気を「慢性疼痛症」「慢性痛」と言います。この慢性痛を発症する人の中に、慢性痛になりやすい遺伝子を持つ人が多いことが、わかってきました。舌痛症も慢性痛の1種とすれば、遺伝子が関係していると考えられます。
舌痛症になりやすい遺伝子を持つ女性が、更年期・閉経を迎えた時に、強いストレスを受けると、舌痛症が発症することが多いのかもしれません。
舌痛症は更年期障害なの?それとも心身症なの?
舌痛症が更年期から閉経後の女性に多く、しかも原因不明で病変が見られないとなると、つい更年期症状(更年期障害)の1症状ではないかと、疑いたくなります。
しかし、うつ病などでも頭痛や胃痛・腹痛などの痛みを訴えることが多く、強いストレスが長期間かかることにより、さまざまな身体症状が生じることもわかっています。心の病気と身体症状は深く関わっています。そのため、舌痛症を心身症の1つと考えることができます。
[更年期障害と閉経]
更年期とは、45~55歳くらいの閉経前後の10年間のことです。現在、日本女性の平均閉経年齢は51~52歳です。
40歳を過ぎる頃から、女性の身体は閉経に向けて準備するようになります。女性ホルモンの分泌が減少し、自律神経系の働きを低下させます。また、40代50代の女性を取り巻く環境は厳しく、多大なストレスがかかり、憂鬱な気分や不安感が強くなります。こうした自律神経の機能低下と不安定な精神状態から、さまざまな心理的身体的症状が生じます。これを、「更年期症状」「更年期障害」と言います。
舌痛症の女性患者の年齢と、唾液中の女性ホルモンの減少から、舌痛症を更年期障害の1つと考えることができます。
でも、舌痛症にはストレスが大きく関わっています。更年期から閉経後の女性のストレスを無視することはできません。子供の独立や結婚、両親や舅姑の介護、社会的地位の上昇にともなう責任の重さ等々、さまざまな問題がのしかかってきます。そして、閉経という大ショックがあります。女性喪失と考えて、憂鬱症に陥る女性が少なくありません。
ちょっと脇道にそれますが、「閉経は女性の解放」と考えれば、少しは楽になりますよ。閉経を迎えてこそ、女性は自由に生きられるようになり、真から輝くことができます。67歳の正直な感想です。
[心身症]
心身症とは、精神的な疲労が大きすぎたり、問題が次々と起きて悩んだり、強いストレスが長期間かかったりして、身体的な異常を生じることです。
心身症には、十二指腸潰瘍・胃潰瘍・神経性胃炎・高血圧症・生理不順・アトピー性皮膚炎・頭痛・神経性狭心症・突発性難聴などがあります。
舌痛症では、卵胞ホルモンの減少が見られますが、ストレスの影響も見逃せません。強いストレスがかかると、いわゆるストレスホルモンの血漿濃度が上がります。ストレスホルモンは、大脳視床下部・脳下垂体・副腎という内分泌系を通して、モノアミン系に影響を及ぼします。
モノアミン系とは、ヒスタミン・セロトニン・ドーパミン・ノルアドレナリン・アドレナリンを含む神経伝達物質です。モノアミン系は痛みを調節する働きがあります。
ストレスホルモンなどのホルモンやモノアミン系神経伝達物質が絡み合って、慢性疼痛が生じるようです。舌痛症も慢性疼痛の1種であれば、心身症と考えることができます。舌痛症の患者さんの脳のMRIを見ると、痛みに関係する脳の領域に変化が生じています。痛みに関わる脳の機能が変化しているのです。
また、パーキンソン病という脳の病気を発症したり、脳神経がダメージを受けたりすると、舌痛症が発症することもあります。
舌痛症には精神的な問題が大きく関わっているため、心身症として扱われます。そのため、歯科や口腔外科で異常が認められない場合は、精神科や心療内科を紹介されます。
舌痛症の患者さんは、「よく眠れない」と訴えますが、前述のように「痛みで眠れない」とか「痛みで目が覚める」ということはありません。実際には眠っているのに、「眠れない」と訴えるのは、うつ病によく見られる症状です。うつ病は、不眠や食欲不振、慢性的な疲労感や脱力感、めまいや肩こりなどの症状がありますが、身体のあちこちの痛みを訴えることが多いのです。舌痛症を訴えることもあります。
舌痛症の治療法は?
舌痛症は心身症の1種で、特に身体的な病変はありません。はっきりした原因は、まだわかっていません。原因が不明なので、根本的な治療法も見つかっていません。少しでも症状(この場合は疼痛)を和らげる対症療法しかありません。
舌痛症は苦痛が長期間続きます。苦痛をコントロールして日常生活をできるだけ支障なく過ごせるようにします。それには、患者さん自身が病気と向かい合う必要があります。もちろん、薬を処方してもらうこともできます。
舌痛症の治療は、精神科か心療内科に相談することをオススメします。
[認知行動療法]
認知行動療法は、患者自身が痛みと向き合ってコントロールする治療法です。認知行動療法には、いろいろありますが、よく知られているのが「マインドフルネス法」と「自律訓練法」です。精神科や心療内科で行っています。
マインドフルネス法
痛みと向き合っている自分を観察して、認知できるようにします。痛みと向き合うことで、痛みをコントロールできるようになります。集団療法と個別療法があります。
集団療法では、他の舌痛症の患者さんと痛みについて話し合うことができます。重くのしかかっている精神的な悩みや不安を言葉にするだけでも、ストレス軽減になり、症状改善につながります。
自律訓練法
心身ともにリラックスする方法を体得します。横になって呼吸を整え、自律神経の緊張を解きます。心身ともにリラックスして不安を取り除くと、痛みを和らげることができます。
[抗うつ剤などの処方]
うつ病の治療薬「抗うつ剤」は、痛みを和らげる効果があります。うつ病は痛みを訴えることが多いのですが、抗うつ剤は、うつ病の痛みにも他の慢性疼痛にも効きます。癌性疼痛や神経障害性疼痛にも、保険診療で処方されます。
抗うつ剤は、精神科と心療内科で処方してもらうことができます。
抗うつ剤だけでなく、抗けいれん薬の内服や抗酸化剤の投与を行う医師もいますが、舌痛症に対する治療効果は、まだ十分に証明されていません。日本では、舌痛症の保険治療では処方できません。
舌痛症には漢方薬が効くこともあります。漢方薬は種類が多いので、その人の症状や体質に合う薬を選ぶことが大事です。
最近は、積極的に漢方薬を勧めるお医者さんもいます。精神科ゃ診療内科のお医者さんとよく相談して、漢方医のいる漢方薬局に行くことをオススメします。
[ストレスを溜めないようにする]
精神科や心療内科で治療を受けると同時に、日頃からストレスを溜めないようにしてください。自分でできる治療法です。
朝陽を浴びながら散歩したり、ストレッチ体操をしたりして、セロトニンの分泌を促します。セロトニンは精神を安定させて、ストレスを軽減します。
大声で歌ったり、どなったりするのも、ストレス解消になります。泣きわめくのも効果的です。大声で笑うと、エンドルフィン・ドーパミン・セロトニンの分泌が増えて幸福気分になります。幸福気分がストレスを解消してくれます。
抱えている問題や悩みを、家族や友人にぶちまけるのも、いいストレス解消法です。悩みや問題の解決法が見つからなくても、いいのです。話すことがストレス解消になります。
疲れすぎや睡眠不足にならないように、適当にサボることも大事です。
舌の痛みは病気のサインのこともある
舌痛症でなくても、舌がピリピリ、ズキズキ痛むことがあります。口腔内が不潔で細菌が繁殖し、舌が炎症を起こすこともあります。入れ歯の不具合や虫歯で舌が傷ついても、細菌感染して炎症を起こします。アフタ性口内炎で潰瘍ができたり、カンジダというカビが原因で口内炎が起きたりします。
また、糖尿病や脳血管障害、貧血などの病気にかかると、舌痛症と同じ症状が出ることがあります。これは本来の舌痛症と異なり、「二次性舌痛症」と言います。
最も恐ろしい病気は舌癌です。しかし、舌癌は早期発見で高い治療効果を上げることができます。舌癌は、舌痛症のように痛むことはありません。
舌が痛い時は、まず歯科・口腔外科・耳鼻咽喉科で診てもらってくださいね。
まとめ
舌痛症はピリピリ、ヒリヒリ、ズキズキなどの痛みが、ほぼ1日中続きます。痛む期間も長くなります。患者自身の苦痛はかなり大きく、日常生活にもさしつかえます。このつらさは、患者自身でなければ、わかりません。
でも、舌痛症は癌のような悪性の病気ではありません。カビがはびこるような気味の悪い病気でもありません。
舌痛症の原因はまだ不明ですが、女性ホルモンなど内分泌の乱れと精神的な疲労などストレスが大きく関わっているようです。つまり、心身症の1種と考えられます。
舌痛症の治療は、精神科や心療内科で行いますが、何より大事なことは、心身共にリラックスして、ストレスを溜めないようにすることです。