「横隔膜」は、胸腔と腹腔とを分ける薄いドーム状の筋肉です。肺の動きを補助し、呼吸運動に特化した筋肉です。呼気時には上へ上がり肺が縮むのを助け、吸気時には下へ下がり肺の広がるスペースを作る働きをします。
この「横隔膜」が痙攣をおこすと「しゃっくり」になる事は知っていても、骨格筋(内臓の筋肉は主に平滑筋のため、鍛えることはできません)なので、トレーニングによって鍛えることができることはあまり知られていません。
横隔膜を鍛えることでどんなメリットがあるのか? どのように鍛えればいいのか? 早速、詳しく見ていきましょう。
横隔膜を鍛えることで得られるメリット
腹式呼吸が楽にできるようになる
横隔膜を使った呼吸法を腹式呼吸と呼びます。吸気時に横隔膜に押された内臓が、前に出ることによってお腹が膨らみます。呼気時には、横隔膜の弛緩と腹筋の収縮によって内臓を上方に押し上げます。それによって、横隔膜をさらに上方へと押し上げます。
腹式呼吸と対をなすのは胸式呼吸です。こちらは通常の呼吸のことで、肋骨に付随する肋間筋という筋肉を使い、吸気時は肋骨を広げることで肺の広がるスペースを作ります。呼気時は肋骨を狭くすることで肺が縮むのを助けます。
胸式呼吸は、素早く大量の空気を取り込むのに適している、運動時や興奮時の呼吸です。腹式呼吸は、ゆっくりと空気を取り込んでゆっくりと吐き出す、リラックス時や睡眠時の呼吸です。
歌が上手くなる可能性も
声を仕事にしている(歌手・声優・アナウンサーなど)方は、腹式呼吸が基本であると言われています。
その理由は、胸式呼吸で使用する筋肉は、胸や肩の筋肉と連動して動くため、首・肩・喉などの筋肉に力が入った状態になり、硬く緊張状態になってしまいます。ところが、腹式呼吸では、胸や肩の筋肉を使わないため上半身をリラックスさせることができます。
そうすることで、喉が楽になり自由に使うことができるようになります。もうひとつの理由は、空気を安定して吐くことができるため、声量・音程・リズムが安定するからです。
歌を上手に歌うための身体の状態は作り出せますが、実際に上手く歌えるかどうかは別の問題です。
ダイエット効果
腹式呼吸は横隔膜を大きく上下に動かすため、胸式呼吸の約2倍の運動量があると言われています。
横隔膜を鍛えることによって腹式呼吸の質が向上し、代謝アップにつながります。また、腹式呼吸は鼻呼吸で行うことが基本です。鼻呼吸は、口呼吸よりも多くの空気を取り込めるため、代謝がアップすると言われています。
腹式呼吸を利用したダイエット法もいろいろとありますが、最も有名なものとして「ロング○○○ダイエット」があります。
体幹が鍛えられることにより姿勢が良くなる
呼吸と姿勢には関係があります。姿勢の悪い人は肺の広がるスペースを広く取ることができないため、呼吸が浅くなります。
呼吸が浅い人は、体力や筋力が不足している事が多く、姿勢を維持することができない悪循環となります。背筋の伸びたきれいな姿勢をしている人は、肋骨が開きやすく、肺の広がるスペースを広く取ることができるため、深く大きく息を吸うことができる好循環となります
横隔膜は筋肉なので鍛えることができます。そうすると、体幹がしっかりとしてくるので、きれいな姿勢が保ちやすくなります。
逆流性食道炎の予防
逆流性食道炎とは、胃液や胃の内容物が逆流することにより、食道の粘膜にびらん・炎症を起こす病気のことです。食道粘膜が何度も炎症を起こし、それが慢性化することによって、食道がんの原因にもなることもあるため、最近注目されている病気です。
加齢による筋力低下、過飲過食、喫煙、飲酒、姿勢の悪さ、ストレスなど、原因は数多くあり、単一の原因ではなく複数の原因が作用して発症すると考えられています。
横隔膜を鍛えることで、この病気の予防に効果があることが分かっています。胃の上部の筋肉が鍛えられることにより、胃酸の逆流を防ぐことができるからです。また、前述のとおり姿勢もよくなるので、逆流防止予防効果はさらに高くなります。
睡眠の質の向上
胸の筋肉が発達していない乳幼児期や睡眠時には、誰もが腹式呼吸を行っています。さらに横隔膜を鍛えることで呼吸が安定して、より良い睡眠が得られます。
胸式呼吸では、交感神経を刺激しますので緊張しやすくなります。腹式呼吸では、副交感神経を刺激しますのでリラックス効果が得られます。このことからも、腹式呼吸が睡眠に良いことがわかります。
腹式呼吸≒横隔膜のスムーズな動き
ここまで見てきて分かりますように、「横隔膜を鍛えること」と「腹式呼吸」は、ほぼ同意です。腹式呼吸を行うための筋肉が横隔膜で、横隔膜を鍛えることで腹式呼吸の質が向上して多くの効果が得られます。
その中でも最近注目されているのは、自律神経系の障害に対する効果です。自律神経は、緊張・興奮を司る交感神経とリラックス・弛緩を司る副交感神経から成り立っています。
現代に生きる我々は、仕事・通勤・人間関係など多くのストレスに曝されており、交感神経が常に緊張状態にあります。これが続くことによって、体温低下・血流減少状態となり「自律神経障害」「うつ」「冷え性」「免疫力低下」などを引き起こします。
腹式呼吸を行うことで副交感神経が優位となるため、リラックスした状態となり、自律神経のバランスを整えることができます。
免疫力向上効果
自律神経は生体防御・免疫系のシステムにも関与しています。白血球は顆粒球・リンパ球・単球の3種類あります。この3種類は、絶妙なバランスで存在することで、最大の機能を発揮するようになっています。バランスが崩れると、免疫機能が低下してしまいます。
交感神経が優位になると、顆粒球が増加してリンパ球が減少します。逆に副交感神経が優位になると、顆粒球が減少してリンパ球が増加します。顆粒球が増えすぎると、がん・胃潰瘍・潰瘍性大腸炎などの病気を引き起こします。リンパ球が増えすぎると、アレルギー性疾患の原因となります。
腹式呼吸で自律神経のバランスを整えることによって、顆粒球とリンパ球のバランスが適正となり、免疫機能が最大の機能を発揮することができるようになります。
ホルモン分泌の正常化
ホルモンの分泌は、脳下垂体が行っています。ところが、自律神経とホルモンバランスのコントロールは、視床下部にて行っているため、自律神経とホルモンバランスはお互いに影響を与え合っています。自律神経が乱れると、それに影響されてホルモンバランスも乱れます。
ホルモンバランスが乱れることで、ホルモン分泌にも影響がでます。自律神経が正常化することで、ホルモン分泌も正常化します。
うつの予防
うつの原因は、脳内物質のセロトニン不足が原因と言われています。治療はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を使用して、脳内のセロトニン量を増やします。
ところが腹式呼吸を10分以上行うと、セロトニン量が増加することが確認されています。腹式呼吸のリラックス効果に、このセロトニンが関与していると言われています。
老化防止効果
上述してきた数多くの効果によって、身体機能が整います。健康が促進されることにより、アンチエイジング効果が得られます。
横隔膜を鍛える方法
横隔膜を鍛えるには、いくつかのポイントがあります。まずは正しい腹式呼吸を行うところからスタートします。腹式呼吸さえ正しく行うことができれば、いくらでも応用を効かせることが可能になります。
基本姿勢
ふとんやマットレスに仰向けに寝て、両膝を立て両腕を軽く開きます。このとき、手のひらが上を向くようにすると肩や胸が開くのでリラックスしてトレーニングを行うことができます。ただし、慣れていない方では手で支えないと難しい場合もあります。自分のレベルに合わせて、手のひらの向きを調整してください。
両膝を立てるのは、腹筋の緊張をとりリラックスさせるためです。こちらも、慣れていないと腹筋に適度な緊張があった方がやりやすい場合があります。そういう場合は、膝の角度を調整してください。両膝を完全に伸ばした状態で行うと、膝や腰へ負荷がかかり、緊張状態になりますので避けてください。
呼気(息を吐く)
まず、息を吐きます。漢字で呼吸と書くように、まずは呼気から始めます。
普段の呼吸で吐ききった所から、さらに限界までゆっくりと吐いていきます。限界まで吐ききるためには、腹にしっかりと力を入れる必要があります。
吸気(息を吸う)
限界まで吐ききったら、腹筋を緩めてリラックスします。そうすると自然にお腹が膨らんできます。お腹が膨らんだら、しっかりと腹式呼吸ができているサインです。
強度・回数・実施タイミング
この吐いて吸うを1呼吸として、最低10呼吸を行います。息を吐ききることが重要ですので、苦しいようなら回数を減らすことで調整してください。息を吐ききらない、中途半端な呼吸ではトレーニング効果は得られません。
トレーニングを行うタイミングは、朝起きてすぐ、入浴後、睡眠前などのリラックスしている時間帯が効果的です。
1週間も継続すると、腹式呼吸にも慣れてきますので、簡単に10呼吸できるようになります。そうなれば、仰向けの状態でなくても腹式呼吸が可能になります。オフィスの椅子に座った状態でも、エレベーターに乗っている時でも、思いついたらトレーニングが可能です。
腹式呼吸が自在にできるようになれば、呼吸それ自体がトレーニングとなります。
まとめ
日本では昔から、「腹」に関連する言葉が多くあります。「腹が据わる」「腹を括る」などの言葉は、明らかに腹式呼吸を意識したものです。腹式呼吸を行うことで得られるリラックス効果は、頭脳を明晰に保ち、判断力を維持します。
あなたも腹式呼吸で、健康と明晰な頭脳を手に入れてみませんか?