「身体と心はつながっている」とはよく言ったもので、私たちの心身は密接に関係しています。身体の調子が悪いときは、気持ちも心なしかマイナスに傾き、あるいは何かしらの悩みや、心配事を抱えているときには、身体の調子まで悪くなってしまいます。
これらのケースが、さらに酷くなると、社会問題にもなっている“心の病”と呼ばれる病気になってしまうのです。
うつ病やパニック障害、強迫神経症など、心の病気にもいろいろなものがありますが、現在、日本で「不安」「うつ」といった症状についで、3番目に多いとされているのが「離人症」と呼ばれる症状です。
離人症状を訴える人は、人口の2%にも及ぶと言われていますが、離人症の治療を目的とした薬も存在しないため、治療には困難を要します。
そこで、ここでは、離人症の症状や、原因、現在行われている治療法などについて、ご紹介いたします。
この記事の目次
離人症の症状とは?
離人症は、何らかの原因で、「自分が存在していることに違和感がある」「手足が自分のものだとは思えない」「自分を第三者の視点で観察しているように感じる」というように、自分の心身から遊離しているような感覚が生じる状態を示します。
アメリカ精神医学会によるDSM-IVという診断基準によると、このような症状が長期間続き、慢性化してしまうと、「離人症性障害」と呼ばれる精神障害の一つとして分類されるようです。
それでは、離人症の症状としてあげられる特徴について、早速見ていきましょう。
時空の歪み
これは、離人症によく見られる代表的な症状とも言われています。「自分が今いるのは、一体いつなのか」、「“今日”は本当に“今日”なのか」というように、時間の感覚が上手くつかめなくなり、まるで現在と過去が重なるような感覚に陥ります。
さらに、現実なのか、幻、または夢の中にいるのかがわからなくなり、自分の肉体と心が合致せず、宙に浮いているように感じることもあるようです。
自分がここで生きていることも、自分の身体が動いていることも、今日と昨日、そして明日が存在するということも、現実味がなく、ふわふわした精神状態になるのです。
もう一人の自分が、現実の自分を見ているように感じる
これも離人症の特徴とも言うべき症状でしょう。今、存在している自分の感覚よりも、その自分を背後から観察するように眺めている感覚の方が強くなり、まるで肉体から魂が抜けたような状態に陥ることがあります。
このとき、魂が抜けて空っぽになった側の感覚と、後ろからそのような自分自身を観察している感覚との、両方を感じる人もいるようです。その場合、前者の感覚に陥ると、人の気配に過敏になり、人混みに恐怖を抱くようになるケースも見られます。
周りに見える世界と、自分との距離感における違和感
これは、自分と自分が見ている周囲との間に、膜あるいは壁があるように感じ、まるで別の世界にいるような感覚に陥るという症状です。ここまでにあげた症例と同様に、現実感はなく、全てが他人事のように見えるのです。
例えば、健康な人の場合でも、「花を見よう」と思って花を見ると、焦点も意識もはっきりした状態ですが、ボーッとしているときは、何を見るわけでもなく、「どこかに焦点を合わせる」という感覚で、ものを見ません。
このように、焦点をどこにも合わせていないときの見方に、離隔感をプラスしたような状態が、症状が悪化するにつれて、さらに酷くなるようです。
明晰夢
自分が夢を見ているということを自覚している状態のことを「明晰夢」と言います。前途したように、離人症では、日常生活を過ごす中では、現実感を得られないといった症状が見られるのが特徴ですが、それとは対照的に、夢の中では意識も感覚もはっきりとしているというケースがあります。
全力で走って逃げている夢、どこかから飛び降りる夢、あるいは空が飛べるようになる夢など…。現実では起こり得ないような夢だとしても、まるで現実に起こっているかのように、感覚も感情も、夢の中では、はっきりと感じることができるという人もいるようです。
感情や欲がなくなる
離人症になると、現実喪失感に比例して、喜怒哀楽といった感情が湧かないという症状も見られます。あるいは、感情が湧いたとしても、まるで他人事のように「こういうのを悲しいって言うんだろうな」とどこかで冷静に捉えてしまうのです。
本来の自分であれば、怒るような出来事があっても、怒りすら湧かず、誰かと話したり、映画を見ても何も感じなくなってしまいます。
さらには、食欲、性欲といった人間として当然の“欲”ですら、機械的に感じ、「美味しいものが食べたい」「好きな人と触れ合いたい」という感情で食事やセックスを行えなくなります。
「とりあえず何か食べておく」「恋人だとこういう行為をするものだからしておく」というように、事務的にそれらを済ませてしまうようになります。
離人症を引き起こす原因(精神疾患と併発する場合)
それではなぜ、このような心身の状態を引き起こしてしまうのでしょうか?離人症の場合、ほかの精神疾患と併発して離人症を起こしているケースと、事故や怪我、トラウマが原因となっているケースの2パターンがあると言われています。
まずは、離人症と併発する精神疾患には、どのようなものがあるのかを見ていきましょう。
統合失調症
離人症は、統合失調症の初期症状として現れることが多くあります。統合失調症とは妄想や幻覚などの症状が現れ、以前は「精神分裂症」という病名で知られていた、大変困難な精神疾患の一つです。
症状は妄想や解体した行動などが見られる「陽性」のものと、情緒そのものが乏しくなるなどの「陰性」の症状との、2パターンに分けられます。
統合失調症の症状として現れている離人症と、それとは別で、単体で現れている離人症では、初期の段階では判別することが難しく、ゆえに統合失調症の判断が遅れることも珍しくありません。
不安障害
不安障害とは、何らかの精神的な原因によって、突然、息苦しさや動悸、めまいなどのパニック発作を起こす精神障害のことを示します。これには、心的外傷後ストレス障害(PTSD)も含まれており、命の危機に関わるような強い恐怖を体験したことが原因になっていることもあるようです。
不安障害と併発して離人症が現れる場合、発作が起きたときや、不安感が強いとき、またはPTSDの症状の一つとして現れます。
一方、少し異なるケースとして、最初は離人症のみだった人が、自分が正気を失ってしまったのではないかという不安や思い込みが、不安障害を招くこともあります。
うつ病
うつ病に関しては、皆さんもよくご存知のことでしょう。慢性的な不眠や、激しい気分の落ち込みなどの症状が見られるうつ病の場合、苦しみから逃れようと、離人症を併発することがあります。
「何とかしなければならないのに、心身が追いつかない」「どうしたらいいのかわからない」といった、混沌とした精神状態で長期間過ごすと、心身が防衛反応するかのように、自分でも無意識のうちに離人症を引き起こすのです。
離人症を引き起こす原因(その他)
さて、次は、精神疾患以外で、離人症を引き起こす原因について見ていきましょう。
強いストレスや不安
精神疾患とまではいかずとも、いじめや虐待、身近な人を亡くすといった強いストレスや、過去の出来事がトラウマとなって、離人症を引き起こすケースもあります。
これは、うつ病と併発して起こる場合と同様に、自分では受け止めきれない強いストレスや不安から、心身を守るための防衛本能として、そこから離脱できる症状を持つ離人症を引き起こすとも考えられています。
外傷や大脳の損傷
交通事故などで大きなケガをした場合や、あるいは、それによって大脳が損傷を受けた場合にも、離人症の症状が見られます。また、事故による精神的なショックが引き金となって、離人症が引き起こるケースもあるようです。
薬物の乱用
大麻や幻覚剤、ケタミンやMDMAといった特定の薬物を乱用することによって、離人症が現れることがあります。これらの使用は禁止されているだけではなく、使用することによって脳機能障害を引き起こすこともあるため、絶対に使用しないという固い意思が必要です。
極度の疲労や刺激
離人症の症状は、軽度のものならば、健康な人にも現れることがあります。極度の疲労を抱えてベッドで横になったものの、自分の家とは違うほかの場所にいるような感覚になったり、集中治療室の滞在中にもこのような現象が起こることがあります。
アスペルガー症候群
会話する能力はあるものの、コミュニケーションや想像力などに異常が生じる発達障害の一つとして知られているのが、「アスペルガー症候群」です。
アスペルガー症候群の人は、生まれつき離人症の症状が見られやすいと言われています。また、アスペルガー症候群に見られる独特の脳機能が離人症を引き起こすという見解もあるようです。
離人症の診断基準は?
では、どのようなことを基準にして離人症だと診断するのでしょうか?WHO(世界保健機関)が公表したICD-10(疾患および関連保健問題の国際統計分類)によると、以下にあげるA,B,C,Dのうち、「AかBのどちらかの症状があり&C,Dに当てはまる」あるいは「A,Bの両方の症状があり&C,Dに当てはまる」ことを診断基準としています。
これらのA~Dについては、以下のとおりです。
A:離人症状
自分の感性や経験が分離されているように感じる。あるいは失われていると感じる。自分自身のことを、よそよそしく感じる。
B:現実感喪失症状
周りの世界が非現実的に感じる。世界に色彩がないように見える。周囲の景色が全て人工的、あるいは、生命感が乏しいと感じる、または見える。
C:洞察力の有無
このことが、全ての人に起きている、あるいは何らかの外力によって生じているのではなく、自発的な変化であるということを受け入れている。
D:知覚、錯乱状態の有無
物事を判断するなどの知覚に関しては明瞭で、何らかの薬物などによる中毒性の錯乱状態ではない。てんかんもこれに含む。
離人症と脳の関係性
離人症は、医学的には明らかになっていないことも多く、原因と症状の因果関係が明確でなはないものもあります。しかし、脳科学の視点で見ると、離人症は脳の異変が関係しているという見解もあり、脳と精神疾患についての研究は、現在でも数多く行われているようです。
夢幻状態のときの脳機能から診る
1994年に、パリのサンタンヌ病院では、興味深い研究が行われました。それは、離人症と類似した症状を持つ、てんかん患者の脳に電気刺激を与えることで、脳の異常を発見するというものです。
この研究により、てんかん患者が夢幻状態に陥る際には、「小脳側頭」「海馬」「側頭葉」が関係していることが明らかになっています。
小脳側頭では不安感、海馬は記憶、側頭葉は感覚統合に影響する部分とされており、これらの脳機能に異常が生じると、夢幻状態=離人症に近い状態になるという考え方もあるようです。
脳内麻薬様物質
脳内麻薬様物質とは、GABA神経系から分泌される脳内物質の一つで、その構造は麻薬に極めて近いと言われています。これらの物質は、極度のストレスにさらされた全ての生物に分泌され、精神を麻痺させたり感情鈍麻になるといった作用をもたらします。
このような脳内麻薬様物質は、マラソン選手などがランナーズ・ハイになったときに、分泌されていることで知られています。そのほかにも、リストカットや車での暴走といった自傷行為が引き金となって、大量に分泌されることもあるようです。
脳内麻薬様物質の大量分泌は、離人症のような感覚をもたらすことが判明しており、離人症が精神状態と大きく関係していることがわかっています。
離人症の治療について
離人症の発症年齢は10代~40代までと言われており、それ以降の年齢で発症することはほとんどありません。このうち、10代~20代に最もよく見られ、女性は男性に比べると、2倍の発症率になっています。すなわち、感受性が育つ、多感な時期にこういった症状を引き起こす傾向があるということです。
軽度の場合には、治療せずとも自然に改善していくケースもあるようですが、初期の段階から慢性期に入る段階で、そのつらさゆえに自殺してしまう人も決して少ないとは言えません。
慢性期に入ると、治療がさらに困難になるとも言われていますので、できるだけ早い段階で治療に取り組むことが大切です。
それでは、離人症の治療法について、早速見ていきましょう。
認知的技法
離人症の治療で認知的技法を行う場合には、非現実的な状態に対する脅迫的な思考を阻止するために行われます。この療法では、その時々で思ったこと(自動思考と呼ぶ)を、そのまま放置するのではなく、その一つ一つをいくつかのジャンルに分けながら見ていくことで、現実的な思考へ徐々に近づけます。
自動思考に加え、感情、状況など、いくつかのカテゴリに分けながら書き出していくことで、起こっている出来事や状況が、思考や気分とは別のものであるということを学ぶのです。
このような治療を行うことで、「非現実的に感じる自分→劣っている」「意欲がわかない→だめな人間」というような自分を追い込む思考を阻止させます。
行動的技法
健康な人も、気分転換に散歩に出かけるという「行動」を行うことがあるのではないでしょうか。これと同様に、行動というのは気持ちをシフトさせてくれる効果もあります。
とくに、離人症で「自分はおかしい」といった強い自覚がある場合には、外に出かけるのも億劫でずっと部屋に閉じこもり、生活リズムも徐々に乱れてきます。
行動的技法には「何かに没頭させることで、ある種の気分をそこから反らす」という目的がありますが、大げさな行動をせずとも、一日の計画表を作り、それに沿って食事や家事をこなすだけでも、効果があります。
人間の身体は不思議なもので、身体を動かすことで、思考や感情が円滑になることがあるのです。これらを認知的技法と並行して行うとさらに効果的です。
また、この他にも、自分の思っていることや考えていることを、きちんと「口に出して伝える」というのも行動的技法の一つとしてあげられます。
とくに、精神的なことが原因になっている場合、想像以上に思考や感情を言葉に変えずに飲み込んでしまう人が多く見られます。たかが言葉と思うかもしれませんが、アウトプットできない状態というのは、矢印を自分へ向けてしまいやすく、ほかの精神疾患を引き起こす場合もあるため、大変危険です。
できるだけ、考えたことを言葉に変える練習も合わせて行うと良いでしょう。
力動的技法
これは、アメリカで普及している心理療法の一つです。細かな精神分析をもとに、葛藤やそれに伴う感情について、患者自身が納得し、克服できるようにサポートする方法です。
離人症になるまでの生活や、そのときの感情、症状が出ているときの気持ちなどを細かく分析していくことで、患者が抱えている本質的な問題を解決していくというものです。
薬物療法に依存させない画期的な治療法として知られています。
原因となる疾患の治療
統合失調症やPTSD、うつ病、あるいは事故などによる脳の損傷によって離人症が起きている場合には、それぞれの専門医のもとで、まずは原因となっている疾患を治療することが必要です。
薬物療法やカウンセリング、外科的な原因の場合には外科治療などで、根本的な改善を行いましょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。離人症は、症状が悪化するほど、日常生活に支障をきたすようになってしまいます。また、これらの症状は、本人がどれほど悩んでいても、周囲の理解を得られないということも大きな問題となっているようです。
もし、離人症で悩んでいることを打ち明けられた際には、適度な距離を保ちつつ、話を聞いてあげるだけでも、本人はとても楽になるかもしれません。
どのような病気においても、原因を探り、諦めずに治療するということが、健康な心身を取り戻すための、何よりもの近道なのではないでしょうか。