お腹の中にいる胎児のエコー写真を見せてもらったら、「口唇裂があります」と言われたり、「口蓋裂の可能性があります」などと、宣告されたご経験をされてはいませんか?
中には、「口唇裂や口蓋裂って何?」と、疑問に思われる方もいらっしゃる方もいるかもしれません。
そのような方のために、今日は口唇口蓋裂について正しい理解をしていただけるようにお話ししたいと思います。
口唇口蓋裂とは?
口唇口蓋裂とは、外表奇形(がいひょうきけいー目に見える部位の奇形のこと)と呼ばれる病気の中で、口腔や顎に生じる先天性の形態の病気のことを指します。口唇が裂ける口唇裂や上顎部(上あご)が癒合(ゆごうー離れた皮膚・筋肉などがつくこと)していない口蓋裂などの発生率が日本では特に高く、約500人に1人の割合で発症していると言われています。
白人800〜1000人に1人、黒人1000〜1800人に1人の割合に比べると、日本人の発生率の高さがうかがい知れます。また、韓国やアメリカンインディアンでも相対的に発症率が高いので、一般的に、黄色人種に口唇裂、口蓋裂の発生頻度が高いと考えられているようです。
口唇・口蓋ができる仕組み
お母さんのお腹の中で、赤ちゃんは、最初から口腔(こうくうー口のこと)や鼻腔(びくうー鼻のこと)などが分かれているわけではありません。
赤ちゃんの顔は初めからできあがっているのではなく、お母さんのお腹の中にいる間に、人の顔は、さまざまな顔面突起が組み合わされて作られていきます。口腔部分では、胎生約9週目頃より、次第に左右の口蓋突起が伸び始め、口蓋(上あご)が形成されていきます。
その過程で、赤ちゃんの顔には「披裂(ひれつ)」という裂け目ができて、披裂は次第に癒合していき、少しずつ人の顔が形成されていくのです。
口唇裂と口蓋裂
赤ちゃんの顔で、口蓋部が形成されていく過程でできた披裂は、通常、少しずつきれいに癒合していくことになるのですが、ときとして、きちんと癒合されずに披列が残ってしまう場合があります。
口唇裂は、赤ちゃんの口唇部分が出産までに披裂を癒合できなかった状態、つまり左右から伸びてきた口唇部分がつかない状態で、生まれてきた状態のことを指します。また、口蓋裂は、赤ちゃんの口蓋突起部分が出産までに披列を癒合できなかった状態、つまり左右から伸びてきた口蓋部分がつかないまま、生まれてきた状態のことを言います。
したがって、赤ちゃんは、皆、口唇裂あるいは口蓋裂の状態であったことになりますので、誰もが、生まれるときに口唇裂あるいは口蓋裂となる可能性があるのです。
口唇口蓋裂の原因
口唇口蓋裂は、先天性、すなわち遺伝によるものと考えられていましたが、現在でも、はっきりとした原因は突き止められていません。
ただ、さまざまな環境要因、例えば、喫煙やアルコール、母体の栄養不足、副腎皮質ステロイド薬や鎮痛剤などの形態異常を誘発する催奇性薬剤の使用、風疹(ふうしん)、放射線照射などなど、複数の環境因子や遺伝因子が複雑に組み合わされて一定の値(閾値ーしきいち)を超えた場合に発症すると考える他因子閾説(たいんししきいせつ)が有力なようです。
そう考えると、妊娠中は、やはり妊婦さんの喫煙はもちろん、受動喫煙やアルコール摂取、食事や病気などの健康管理などに、より一層気を配らなければならないことがお分かりいただけると思います。
口唇口蓋裂の症状
口唇口蓋裂の症状にはいくつかあります。
- 審美的な障害
- 授乳と摂食障害
- 言葉の障害
- 歯の咬合障害
- その他の障害
審美的な障害
審美的な障害が、まず挙げられます。
患者さんは、自分の容姿にコンプレックスを抱き、周囲の子供たちからも疎遠とされることが少なくないようです。治療は、段階的に進められますが、ときには間に合わないこともあり、やはり精神的な症状を抱えることも多々あります。
授乳と摂食障害
また、授乳または摂食障害といった食事面での障害も見受けられます。
口唇あるいは口蓋が裂けているために、「うまくお母さんのお乳を飲むことができない」、あるいは、「喉の奥を閉じることができずに、開いたままの状態のため、口の中に空気を溜めてお乳を吸う陰圧を作ることができない」ということになります。すると、赤ちゃんのお乳の吸う力が弱すぎてお乳を上手に飲むことができないのです。
言葉の障害
赤ちゃんも1歳を過ぎてしばらくすると、言葉の障害が待ち受けています。特に、口蓋裂の赤ちゃんに多く見られるのですが、言葉を発する時に上手く口から音を発することができずに、鼻から音が漏れたような声になることがあります。このような状態も、お子さんにとっては深刻な問題で、精神的なストレスを受け続けることとなります。
歯の咬合障害
唇顎裂や唇顎口蓋裂の赤ちゃんの場合は、歯の咬合、つまり歯の噛み合わせの障害が次第に生じるようになってきます。癒合がうまくいかなかった結果、歯茎がきれいにつながっていないことによるもの、あるいは、本来あるべき歯が該当部分にないなどの原因によるものと考えられています。
その他の障害
口蓋裂では、口腔と鼻腔が通じているために、鼻咽腔(びいんくう)が食物のために汚れてしまい、副次的な症状として、扁桃炎や中耳炎を発症することがあります。
口唇口蓋裂とエコー検査
このような口唇口蓋裂は、出生前妊婦検診の超音波検査で見つかることが少なくありません。また、ご両親が赤ちゃんを心配して計画的に超音波検査を実施した結果として発見されることもよくあります。
超音波検査機器などの最新の医療機器により、赤ちゃんの描出機能は格段と進歩していますが、それでも、出生前に口唇口蓋裂が発見されないことも珍しくありません。また、高性能な超音波機器を利用することにより、胎児の疾患が正確に診断できるという長所があるとはいえ、意図しない胎児の微細な異常が発見されることも少なくはないのです。
さらには、画像が判明しやすくなってきていることから、隣で見ているご両親に対しての配慮も必要となってきています。つまり、分かりやすい画像が提供されるようになったため、意図していない情報を提供してしまう可能性も高まっているのです。
したがって、不測の事態に備えて、ご両親には提供できる情報の限界とその可能性についてしっかりと説明責任を果たし、その上でエコー診断を受診していただく必要があります。
逆に、ご両親にもエコー診断していただくことの意味と意義をきちんと理解していただく必要があります。もちろん、赤ちゃんの母体での成長を見守る楽しみもあるでしょうが、そのリスク(危険性)もしっかりと考えて受診しましょう。
口唇口蓋裂の治療
口唇裂や口蓋裂の治療は、赤ちゃんの健全なる成長がその目的です。したがって、出産直後から成人するまで長期間にわたる一連の治療が必要となります。
したがって、その治療には、口腔外科や矯正歯科、小児歯科、形成外科、耳鼻咽喉科、小児科、言語治療科、一般歯科などのトータルな総合治療が必要とされています。
その都度、お子様の成長に合わせた治療を施していくのが口唇口蓋裂のお子様の治療には最適と言われています。
- 口唇治療
- 口蓋治療
- 言語治療
- 歯科治療
口唇治療
生後まもない赤ちゃんに全身麻酔をかけて施術するのは不可能なので、抵抗力のできる生後3〜4か月、体重6kg程度の赤ちゃんに、全身麻酔をかけて口唇形成術を施し、口唇裂を閉鎖します。
口蓋治療
口蓋裂を患っているお子さんは、ミルクを上手に飲むことができません。したがって、顎を正常に発育させるために、軟口蓋形成手術(喉ちんこを閉じる手術)をするまでは、ホッツ床あるいはナムプレートなどの口腔内装置と口蓋裂用乳首を使用して赤ちゃんの授乳を助けます。
その後、1歳頃に、全身麻酔を施した上で軟口蓋形成術を施し、経過観察後、1歳6ヶ月頃に再び全身麻酔をかけて硬口蓋閉鎖術を行います。
このように、複数回の外科手術を経て、食事をとったり、会話をしたりすることが問題なくできるように手術を行っていきます。
言語治療
硬口蓋閉鎖術後、ストロー吹きなどの練習方法を用いて、日咽腔閉鎖機能を習得して、正常言語を話せるように練習します。約85%のお子さんがこの簡単な訓練方法で自然と正常言語を話せるようになりますが、残りの15%のお子さんは、鼻咽腔閉鎖不全(鼻や咽喉をうまく閉じることができないこと)により、呼気(吐く息)が鼻に漏れて開鼻声や構音異常(発音がうまくできないこと)が現れ、構音治療(発音治療)などが必要なときがあります。
また、必要に応じて、スピーチエイドと呼ばれる補助器具を装着するときもあります。
歯科治療
口唇裂や口蓋裂のお子さんは、もともと上顎(うわあご)の発育が未発達なのですが、形成術後の瘢痕(はんこんー手術後の傷跡)のために、さらに発育が悪くなってしまっていることが珍しくありません。このため、上顎と下顎の発育バランスが極端に崩れる結果、下顎の前歯が上顎の前歯より前に位置するようになる反対咬合(はんたいこうごう)が見られます。
また、歯胚(しはいー歯の芽のこと)が欠落して生えるべき歯が生えてこなかったり、歯並びが悪くなる、あるいは噛み合わせも悪くなるといった症状が現れてくるので、矯正歯科治療も併せて必要となる場合がほとんどです。
おわりに
エコー検査の結果は、なるべくご両親でお二人そろってお話を伺うようにしましょう。
口唇口蓋裂の事実を知ったときのご両親の驚きの想いや悲しみ、嘆きなどは、私たちの推測の域を越えており、想像に難くないでしょう。可能であれば、遺伝カウンセラーの方などの同席が望まれます。
多くのご両親は、出産前にその事実を知らされると、当初はその現実を受け入れることができません。
”産まれてくるまで不安なだけ””そんな赤ちゃんはいらない”
など、子供の受け入れを拒否したくなる気持ちになることもあるようです。まずは、ご両親が、生まれてくる赤ちゃんをきちんと受け入れてあげましょう。
その上で、医師やカウンセラーの方々のお話を聞いて、口唇口蓋裂の症状についてきちんと理解しましょう。
形成外科的な治療が進んだ現代では、口唇口蓋裂の症状は産後の治療により日常生活上、ほとんどハンディキャップとはならないことを理解して、生まれてくるお子さんに対して「親としてできることは何か?」と、考えてみましょう。
たとえ、口唇口蓋裂ではあっても、胎児の発育は順調であり、元気であることも少なくないのです。
「子供は天からの授かりもの」と、古より言われています。
赤ちゃんがこの世に生まれるその日に、我が子の誕生を素直に喜ぶことができるように、親としてできる限りのことをしてあげましょう。人は、そのようにして時を紡いできたのですから。