近年ではペットもたいへん厳しくしつけられており、なかなか人を噛むことはないように思います。とはいえ犬にはやはり本能があり、場合によっては噛まれてしまうことももちろん考えておかなければいけません。
相手がどんな動物でも噛み傷は感染症を引き起こす可能性があるため、慎重に対応する必要があります。犬に噛まれたらどうすればよいか、経過がどのようになるかについてまとめました。まずは噛まれないようにすることが第一ですが、万が一の時に備えて確認しておきましょう。
犬に噛まれる事故
犬は知能の高い動物で、しっかりしつけが成されていればやみくもに周りに噛み付くことはありません。とはいえやはり本能的な面があり、衝動を押さえられないことがあります。
人を噛む犬は、ほとんどの場合気の小さい犬であるといわれています。身の危険を感じた場合、犬は逃げるか攻撃するかしか選択肢がありません。
そのため、何か怖いものがある場合に噛み付いてしまうのです。また、知らない人が入って来た時に群れを守ろうとして相手を攻撃してしまうこともあり得るケースです。
縄張りに何かが入って来る
犬はパーソナルスペースに敏感な動物と言われており、周りの状態に敏感に反応します。そのため、急に触られた時や知らない人がテリトリーに入って来た場合にかみつこうとする本能を持っています。
特に動くものが視界に入って来ると、相手をしとめようとして興奮状態になり周りのものに噛み付くことがあります。
所有物を守ろうとする
人間から見たら何だか良く分からないものでも、犬にとって非常に大切なものである場合があります。そのようなものを取り上げようとすると、所有物を守ろうとする本能が働き回りを攻撃してしまいます。
また、特に食べ物を取られることには強いストレスを感じるので、むやみに食べ物に手を出さないように注意すべきです。
体調が悪い
体調が悪い場合や怪我をしている場合、犬は混乱して周りに噛み付いてしまう場合があります。また、子育て中なども周りに非常に敏感になっており、この場合もむやみに手を出すと攻撃されたと勘違いしてしまうので注意しましょう。
また、明確な原因がないのに噛み付くという場合、脳の疾患を持っている場合があります。
加減を間違える
犬の歯は7〜8ヶ月位までに永久歯に生え変わります。歯が生え変わる時にはかゆくなるので周りのものを甘噛みすることがあります。また、興奮している場合や環境の変化によってストレスがある場合も、周りの者を甘噛みすることがあります。
思い切り噛むわけではないので問題ないように思えますが、最近の犬は子犬時代に他の犬とふれあう機会が少ないので、どれくらい噛んだら相手が怒るかがよくわからないまま大きくなってしまい、そのため、じゃれて甘噛みしたつもりが傷を作ってしまうようなケースが起こりうるのです。
噛まれたらまずすることは
小さな犬であれば傷はかなりちょっとしたものに見えるかもしれませんが、噛まれた傷というのは刺し傷なので思ったより深い傷になっている可能性があります。
また、犬の口の中は雑菌が多いので、軽く見ずに適切な処置をこころがけてください。
傷口は洗う
犬に噛まれた場合、まずは傷口を水で洗い流すことが大切です。感染症を起こす菌をとりあえず洗い流すことで重い感染症に罹るのを予防することができます。
まずは大量の水で傷口を洗い流し、消毒液やアルコールで消毒するようにしましょう。
止血
大きな犬に噛まれた場合などは、大量に出血することがあります。清潔なガーゼ、タオルなどを用いてしっかり傷口を圧迫して止血しましょう。可能であれば心臓よりも高い部分に傷口を上げておくことで出血を少し食い止めることができます。
また、傷口を固めて止血するタイプの薬などは治療の際に邪魔になることがあります。あまりいろいろといじくり回さず、タオルで押さえておく程度にしましょう。
組織がある場合は回収
万が一ではありますが、食いちぎられてしまった場合の対処法です。犬が飲み込んでいなければ、回収してきれいに洗い、氷付けにしておくことで縫い合わせることが可能な場合があります。
もちろんできない場合もありますが、損傷部位を最小限に食い止めることができる場合もあるということを覚えておきましょう。
病院に行く
応急処置をしたらすぐに病院に行きましょう。小さな傷でわざわざ病院に行くのは気がひけるかもしれませんが、犬に噛まれた傷に軽いものはないと考えて良いです。かまれてからの時間が短い程、感染症の対策などを行うことができます。
また、噛んだ犬が飼い犬である場合は動物病院の問い合わせが必要です。どのような予防接種を受けているかなどの情報を得ることで、傷の治療を効率よく進めることができます。
感染する恐れがある病気とは
犬の口の中にはたくさんの菌がいます。特に免疫機能が低下している方はこれらの菌によって重い症状に陥ってしまう可能性が高いので気をつけましょう。
破傷風
破傷風菌が傷口から入ることにより感染する病気です。破傷風菌は土などに存在していますが、刺し傷のような深い傷ができた場合にそこから感染し、皮下で増殖して毒素を放出し始めます。その毒素が神経に接合することによって神経の興奮状態が引き起こされるようになり、けいれんなどの症状が出ます。
潜伏期間に幅があるのが特徴で2日〜8週間程度、潜伏期間が短い程死亡率が高くなります。
初期では全身の倦怠感が現れ、肩こりや顔の歪みが気になるようになります。少し重くなると口が開きづらくなる「開口障害」を生じ、やがて引きつり笑いのような「痙笑」という症状が出ます。こうなってくると食事からの栄養補給が困難になります。
末期になると全身の筋肉の痙攣が怒り始めます。「後弓反張」という背中が反り返る症状や、呼吸筋の痙攣が起こり自力での呼吸が困難になり、死に至る場合があります。
ただし、これをこえれば段々と毒素は消え、回復期に向かいます。
基本的には予防接種をしているはずですが、10年位すると効果が薄まってしまうので、予防接種をしているからといって安心はできません。
狂犬病
狂犬病は、狂犬病ウイルスを持つ犬、猫、こうもりなどに噛まれたり引っ掻かれたりすることで感染する病気です。
日本でも1950年以前には多く見られた病気で、人が感染して死亡する事件も多くあったと言われています。その対策として飼い犬の登録や予防接種の義務つけが行われた結果撲滅に成功し、現在では海外で野犬に噛まれて帰国後に死亡した例を除いては発生していません。
感染から発症まで、1~2ヶ月間の潜伏期間があるのが一般的で、寒気や発熱、頭痛、筋肉痛など風邪の時ににた症状がはじめに出ます。ウイルスが脳や神経を侵し始めると、筋肉の痙攣やものを飲み込みづらい症状が出始め、恐水症(水を怖がるような症状)が出るようになります。ワクチン接種を受けていない状態で発症した場合ほぼ確実に死に至る病気です。
パスツレラ症
パスツレラ菌の感染により皮膚症状や呼吸器の症状が出る病気です。犬の75%、猫だと100%が口の中に常駐菌として保有しています。
皮膚症状の代表的なものは傷口の痛み、赤み、膿みで、ひどい場合には大きくめくれた瘤のような傷ができます。免疫不全などの病気を持っている人の場合、敗血症につながることがあり注意が必要です。
呼吸器症状としては風邪のような症状が見られ、最も重い場合は肺炎が生じます。
高齢者や糖尿病患者など、免疫力が弱い人ほど発症しやすく重い症状となりやすく、死亡例も報告されています。
抗生物質による治療が行われます。
カプノサイトファーガ-カニモルサス感染症
前述のものと同様に、犬や猫の口の中に常在しているカプノサイトファーガ-カニモルサスという細菌による感染症です。免疫機能が低下している人の場合重症化しやすい点も他の感染症と同様です。
1~8日の潜伏期間を経て発症し、発熱や倦怠感、腹痛が起こり、重症化すると敗血症や髄膜炎を起こします。また、播種性血管内凝固症候群に進行することがあります。
播種性血管内凝固症候群は血液が固まる力が強くなって全身に血栓が出来る病気で、非常に致死率の高い病気です。
カプノサイトファーガ-カニモルサス感染症は原段階では患者数が少なく、稀な病気といわれていますが、抗生物質による治療が確立されています。
化膿症
以上に上げた細菌以外でも、ブドウ球菌や大腸菌など、様々な細菌が傷口から入り込む恐れがあります。傷部分から雑菌が入って傷の中で繁殖すると化膿症が起こります。
特に犬に噛まれたような傷の場合、組織が広範囲で傷ついている可能性がありますが、このような崩れた組織内では特に雑菌が繁殖しやすく、傷が治りづらくなるという悪循環に陥ります。
化膿が広がるとだんだんと組織が壊死し、ひどい場合は骨にまで到達することがあると言います。こうなるともう悪い部分を切除するしかなくなってしまうのです。
咬傷事故届の提出
ここまでは傷に対する処置についてまとめましたが、命の危険が去ったからといって万事解決とはなかなかなりません。
犬が人を噛んでしまった場合、各自治体で条例が定められています。例えば東京都であれば、保健所への届け出、犬の隔離などをするよう決まっているのです。小型犬でも大型犬でも同じなので、咬傷事故が起きてしまったらまずは応急処置をして、きちんとした手続きを踏むようにして下さい。
まとめ
相手が何であれ、噛む傷というのは深く雑菌が多いため大変危険な怪我です。またやっかいなことに、人間の体は小さな傷を塞いでしまうので、深い傷の中に菌が存在する状態なのに表面の傷だけが閉じてしまうことがあり、こうなると菌を体の中に閉じ込めることになってしまいます。
どんなに小さい犬に噛まれたのであっても、すぐに病院に行って処置を受けることが大切なので、後回しにせずにきちんと診断を受けて下さい。
また、飼い主の許可を得ずにいきなり手を出したり、いじわるをするようなことは決してしてはいけません。どんなにかわいい見た目の犬でも、本気を出せばそれなりの力は持っています。特に糖尿病、悪性腫瘍の患者さんの場合、感染症が重症化することがあります。犬に噛まれて死んでしまうなんてにわかには信じがたいですが、十分有りうる話です。十分注意しましょう。
さらに、リスやきつねなどの野生生物は菌を持っている可能性があります。決して素手で触らないよう注意してください。