「WPW症候群」と呼ばれる病名を聞いた事があるでしょうか。この病気は1000人に数人の確率で起こる先天性の心臓の病気の一つです。
今回は、そんなあまり聞きなれない病気である、WPW症候群についてご紹介したいと思います。
1930年に米国と英国の3人の研究者が学会で発表した論文が始まりです。その3人の名前からウォルフ・パーキンソン・ホワイト症候群(イニシャルをとってWPW症候群)と名付けられました。
WPW症候群の症状
WPW症候群の症状をご紹介します。
瀕脈
突然脈が早くなる瀕脈はWPW症候群の多くの患者に見られる症状の一つです。
瀕脈による発作の時間が短ければ、胸がドキドキする程度で治まりますが、脈拍が200を超えるような状態が続くと動機、胸痛、息苦しさ、めまい、ふらつき、吐き気、重症な場合は呼吸困難や意識が薄れるような症状が現れる事があります。
幼児に見られる症状
WPW症候群は先天性の病気ですが、主に10代~20代になってから症状が現れる事が特徴です。
稀に1歳未満の幼児期に瀕脈による発作を起こす事があり、この時は息切れや嗜眠(強い刺激を与えないと覚醒しない意識障害)、場合によっては心不全へ発展する可能性があるとも言われ、重症化のリスクが高くなっています。
WPW症候群の仕組みと原因
先天性の病気であるWPW症候群は、何が原因となり不整脈などの症状が現れるのでしょうか。
発生のメカニズム
心臓にある洞結節と呼ばれる部分が一定のリズムで電気刺激を起こします。その電気刺激は
心房筋→心房→房室結節→心筋(刺激伝道系)→心室筋→心室の順に伝わり毎分70回程度の脈を打ちます。このルートの中で、通常は房室結節を通じ心房から心室筋へと伝わるところを、別のルートを通じて刺激が伝わる場合があるのです。
この事を副伝導と言い、通常のルートでの刺激と副伝導による刺激が複雑に絡みあい、空回りする事で不整脈を引き起こすのです。
副伝導
左右それぞれの心房と心室をつなぐ「ケント束」と呼ばれる、抜け道のような別ルートが先天的に存在する場合があり、このルートを通じて電気刺激が伝わる事を副伝導と言います。
副伝導を起こすと、刺激が心房から房室結節を通じ心室へ伝わった後、ケント束を通って心房へと逆流し刺激が複雑化するのです。
型の種類
副伝導経路の位置の違いにより、WPW症候群はA型B型C型の三種類に分類されます。
- A型・・・左室自由壁に副伝道経路が存在します。
- B型・・・右室自由壁に副伝導経路が存在します。
- C型・・・心室中隔に副伝導経路が存在します。
不整脈の原因
異常な電気信号はどのように心臓に影響を与え、症状が現れるのでしょうか。
発作性心房細動
不規則な電気刺激が通常のルートを通って伝わった場合には、房室結節でその一部を制御できるため心室に伝わる異常な刺激の回数は減少し、心室側への影響はありません。このとき発生した不整脈を発作性心房細動と言い、特に心配の必要はないとされています。
心室細動
発生した異常な電気刺激が、通常のルートではなく副伝導経路(ケント束)を伝わった際には刺激を制御する機能が無いために、刺激がそのまま心室へ伝わり不整脈の強い症状(呼吸困難や意識消失など)が現れます。
心室側へ異常な刺激が伝わった場合には心室細動が起こる可能性があります。この心室細動は危険度が高く、場合によっては死に繋がる可能性がある危い不整脈ですので注意が必要です。
WPW症候群の検査
まずは一般的に血液検査が実施されます。血液の電解質やホルモンバランス、貧血の状況などから不整脈の原因を発見できる事があるようです。
心電図検査
他の有効な検査法として心電図検査があります。特に「ホルター心電計」と呼ばれる器具での検査は、小型の測定器を携帯し日常生活の心臓の動きを連続で記録する為、不整脈の発生頻度や種類、発生タイミングを確認する事ができます。
基本的には24時間の記録が行われますが、中には24時間の中で瀕脈の症状が現れない場合もあるそうです。病院によって異なりますが、ホルター心電計での検査は24時間で5千円前後(3割負担の場合)が相場で、検査時は入浴ができないと言う注意点もあります。
波形の特徴
WPW症候群は心電図の波形に特徴が現れます。
- PQ間隔の短縮・・・PQ間とは心房の興奮と心室の興奮との時間差であり、その間隔が0.11秒以下であればPQ間隔が短いとされています。副伝導により心室側への高速ルートが存在しているなどが原因です。
- デルタ波・・・QRS波(電気刺激の発生が完了するまでの時間)の立ち上がり部分が、なだらかになる事をデルタ波と言い、QRS波の幅が拡大します。
また、WPW症候群の型の違い(副伝導経路の位置の違い)によっても心電図波形にそれぞれ特徴があります。
- A型・・・電流の強さを表すR波が通常より高く表れます。(R型の波形)
- B型・・・小さなR波の後、S波と呼ばれる大きな下向きの波形が表れます。(rS型の波形)
- C型・・・QRS波のR波部分がなくなった波形が表れ、下向きの波形のみが表れます。(QS型の波形)
心臓超音波検査
心臓の形や動き方、大きさ(肥大)や血液の流れなどを調べる事ができ、不整脈の原因になっている疾患の発見や重症度の判断に力を発揮します。
カテーテル検査
血管にカテーテルと呼ばれる細い管を通し直接心臓を検査します。異常に起こる電気刺激の発生源や、その伝達経路を調べる事ができるなど詳しい検査が行えます。
WPW症候群の治療方法
WPW症候群は自覚症状が無ければ、観察経過を行い治療の必要は無いとされています。ですが、頻拍などの症状が見られる場合には治療が必要となり、その治療法は大きく分けて二つあります。一つは症状を抑える治療で、もう一つは病気の原因を断つ根本治療です。
心拍数を抑える
発作性上室頻拍による心拍数の上昇は脳神経の一つである迷走神経を刺激する事で治まる事が分かっています。
迷走神経の刺激方法
・あごの付け根あたりを通る頚動脈をマッサージで刺激します。右側の頚動脈から刺激した後、効果が見られなければ左側を刺激しましょう。
・目を閉じて、まぶたの上から指で眼球を圧迫します。こちらも右の目から刺激して、効果が見られなければ両の目を圧迫して刺激する事がポイントです。
・息を堪える事により静脈還流量(身体から心臓に戻ってくる血液の量)が減少し拍出量(心臓から送り出される血液量)も減少します。ここで息を堪える事を止めると静脈血が一気に戻り、拍出量が増加する事で反射的な除脈(脈が遅くなる事)を起こし頻脈を抑えます。これをバルサルバ効果と言います。
・冷たい水を飲んだり、顔を洗う事で迷走神経を刺激する事ができます。
これらの手技は発作が起こった直後に実施すると効果的とされています。
薬物治療
10歳未満の患者に対してはジゴキシンと言う薬物で発作を抑える事ができます。ですが、ジゴキシンは副伝導による刺激の伝達を促進するリスクを高める事から成人に対しては実施されません。
他にもアデノシンやCa拮抗薬、抗不整脈薬といった薬剤が使用される事もあります。
また、ペースメーカーを装着したり、電気ショックを与える事で正常な心拍数に戻す方法があります。
根本治療
手技や薬で頻拍などの症状は抑えられても、病気の原因を取り除けた訳ではありません。上室頻拍の場合は比較的発作が収まりやすいのですが、危険な心室細動に繋がる心房細動が見られる場合には根本治療によって副伝導の経路を断つ必要がでてくるのです。
カテーテル心筋焼灼術
これまでは胸部を切開し、直接心臓の異常部を取り除く手術法が一般的でした。ですが、この方法では患者への負担も大きく手術も大掛かりになるため、新たに「カテーテル心筋焼灼術」と言う手術法が開発されました。日本でも多くの医療機関が採用し手術の成功率が90%以上と高い事も特徴です。
カテーテル心筋焼灼術はカテーテル・アブレーションとも呼ばれます。足の付け根や首の血管からカテーテルを挿入し先端を心臓へと送りこみます。カテーテルの先端にはセンサーが付いており、心臓内部の異常部位を計測しながら進んでいきます。発見した異常部位に対して、取り付けられている電極から高周波電流を流して目的の箇所を切除(アブレーション)します。
手術全体の時間はおよそ3~6時間程度で、1回で異常部位を焼灼できなければ後日改めて手術を行う必要があります。
手術後にはカテーテル挿入部の出血や心電図波形の検査が行われ、問題がなければ数日での退院が可能となっています。また手術費用は病院によっても異なりますが、3割負担で45万円前後となっており、年齢や所得によって医療費の一部が払い戻される、高額医療費制度を利用する事も可能です。
遺伝との関係について
一般的にはWPW症候群は遺伝はしないとされています。
ですが、とある研究ではWPW症候群の原因となる遺伝子が受け継がれ、伝道異常による心室の異常などが現れたと言う結果も報告されています。
まとめ
WPW症候群について簡潔にポイントをまとめました。
- WPW症候群は1000人に数人が発症する、不整脈などの症状が現れる先天性の病気です。
- WPW症候群であっても自覚症状が無い場合は治療の必要はないと言われています。
- 治療法として、手技や薬物で症状を抑える治療と、手術による根本治療が施行されます。
- 主な手術法として、カテーテルによる焼灼術が一般的に用いられます。
【最後に】
WPW症候群の原因を放置すれば、心室細動に繋がる可能性があります。心室細動は心臓のポンプ機能を失い、死に繋がる恐れのある危険な症状です。少しでも心当たりのある人は医療機関へ相談し、病期の早期発見に努めましょう。