皆さんは、口の中にも「ガン」ができることを知っていますか?歯の発生過程に関連する腫瘍を「歯原性腫瘍」、それ以外の腫瘍は「非歯原性腫瘍」と区分されています。
「歯」に関連しない腫瘍は、身体の他の部位にできる腫瘍と同様で、様々な種類の腫瘍が発生します。口の中に発生する腫瘍の80%以上は「歯」に関連しないので、一般的な腫瘍と同様、乳頭腫、血管腫、リンパ管腫、など身体のどの部位でも発生しやすい腫瘍の割合が高くなります。これらの「ガン」の多くは良性のため、大型化するまでは経過観察となります。ただし口の中という場所なので、少し大きくなると日常生活に支障がでてきます。そうなると、摘出・切除などの治療が必要になります。
「歯」に関連する腫瘍としては、「エナメル上皮腫」が最も発生頻度の高い腫瘍となります。それでも口の中に発生する腫瘍全体のおよそ10%程度です。それ以外にも代表的な歯原性の腫瘍が2種類あります。嚢胞ができる「角化嚢胞性歯原性腫瘍」と歯の形成異常から生じる「歯牙腫」です。「歯牙腫」は厳密には腫瘍ではありませんが、通常「歯原性腫瘍」に区分されます。この3種類だけおさえておけば「歯原性腫瘍」については十分だと考えられています。
これらの歯原性の腫瘍は合併することもあります。今回は、最も発生頻度の高い「エナメル上皮腫」について詳しく見ていきましょう。
エナメル上皮腫ってどんな腫瘍?
「エナメル上皮腫」は名前のとおり、腫瘍細胞が歯の発生過程でみられる「エナメル器」に似ていることからその名前が付けられました。
基本的には良性腫瘍ですが、局所浸潤性を示すことと、再発が非常に多いことから準悪性腫瘍とされることもあります。この浸潤性のため、周りの組織が侵されて再発が多いと考えられています。病変部の周囲を大きめに切除して、浸潤している部分を取り除くと再発率が下がることが知られています。
また頻度的にはかなり低いですが、悪性の「転移性エナメル上皮腫」となることもあります。この場合は肺や胸などに転移しやすいため、生命の危険があります。どちらにしても、しっかりとした検査と診断、治療が必要となります。
好発年齢・性差
10~30代で発症することがほとんどで、好発年齢は20代です。男性と女性で大きな差はないとされていますが、男性がかかりやすい傾向がみられるようです。
好発部位
「エナメル上皮腫」の80%以上は、下顎骨に発生します。さらに下顎の中でも、臼歯智歯部から犬歯まで(親知らずから犬歯までの間)で最も発生頻度が高くなります。前歯に発生することは非常にまれです。また、左右差はないといわれています。
種類
エナメル上皮腫は英語表記で「Ameloblastoma」となります。エナメル芽細胞の英語表記「Ameloblast」が変化したものです。エナメル芽細胞は口腔上皮組織由来で、造エナメル細胞とも呼ばれ「エナメルタンパク」を産生します。この「エナメルタンパク」が石灰化することで、人体で最も固いエナメル質となります。エナメル質は歯冠の最表層にあり、象牙質で支えられています。
2005年から濾胞型の亜型も加えられましたが、大きく4種類に分類することができます。
充実型/多嚢胞型エナメル上皮腫
最も一般的なエナメル上皮腫で、70%以上はこのタイプに分類されます。その病理的な特徴によって濾胞型と叢状型の2つに分類されます。
濾胞型の腫瘍胞巣外側の細胞は、高円柱状でエナメル上皮に類似しています。内側の細胞は星型や網目状となっていて中央が融解しやすいため、小さい嚢胞を形成しやすくなっています。濾胞型は、さらに棘細胞型と顆粒細胞型の亜型に分類されます。
叢状型は濾胞型よりも多いとされています。上皮が策状に並んでいて外側の細胞が、立方状から高円柱状となります。細胞間質は浮腫状となっていて間質嚢胞を形成します。
周辺性エナメル上皮腫
通常は顎骨に発生するエナメル上皮腫が、歯ぐきなどの軟組織に発生したものです。エナメル上皮腫の中でも発生率は10%以下といわれており、非常にまれなケースです。発生した場所によって症状が異なり、典型症状がなく、発症年齢が高いのが特徴です。
エナメル上皮繊維腫
歯原性上皮と歯原性外胚葉の両方が腫瘍化した、エナメル上皮腫の中で約10%程度の発生頻度のまれな腫瘍です。無症状のことが多く、偶然発見されるケースがほとんどです。腫瘍細胞が増殖する間質液中に、索状か胞巣状に歯原性の上皮細胞が存在していることが特徴です。
単嚢胞性エナメル上皮腫
エナメル上皮腫の中で約10%程度の発生頻度です。充実型では多くの嚢胞が存在するのに対して、嚢胞が1つのエナメル上皮腫です。
エナメル上皮腫になる原因とその症状は?
エナメル上皮腫の原因と症状について紹介します。
エナメル上皮腫の原因
エナメル器、残存上皮細胞、歯堤などの歯の発生過程の組織は、不必要になった際に体内に吸収されます。しかし、何らかの理由で体内に残ってしまい、嚢胞化することがあります。この歯の発生に関連する細胞が嚢胞化したものが「エナメル上皮腫」です。
全ての残存組織が嚢胞化する訳ではなく、明確な原因はわかっていません。生活習慣や遺伝的な要素の影響が大きいと考えられています。
エナメル上皮腫の症状
痛みを伴うことが少なく、腫瘍の成長もゆっくりなので、自覚症状が現れるのは症状がかなり進行してからとなります。「顎が腫れる」「歯の並びが悪くなる」「歯がグラグラする」「咬み合わせが悪くなる」「歯肉からの出血」などの症状が現れます。
エナメル上皮腫や歯根嚢胞に特有の症状として、「羊皮紙様感(ようひしようかん)」があります。皮質骨(骨の表面を構成する硬くて緻密な骨のこと、緻密骨とも呼ばれます)の成分が体内に吸収されてしまい、極めて薄い状態になったときに現れます。触診で圧迫すると容易に陥没し、圧迫をやめると元に戻ります。この時の「ペコペコ」した感触が、羊皮紙を触った時の感触に似ているということでこの名前がつけられました。
自覚症状からの来院は少なく、虫歯や検診などのX線撮影で偶然発見され、そのまま治療されることがほとんどです。自覚症状が現れるほど腫瘍が大きくなっている場合には、再発・悪性化の可能性があるので、なるべく早期に受診することをお勧めします。
エナメル上皮腫の診断
以前は画像診断のみで「エナメル上皮腫」と診断されていました。しかし、最近では病理検査や血液検査(腫瘍マーカーの確認や転移の有無など)を行うことは当たり前になっています。
腫瘍と診断するためには、病理検査は必須となるからです。
画像診断
X線やCTなどの画像によって診断します。上述のとおり、約80%以上のエナメル上皮腫は多嚢胞性なので「多嚢胞性の境界明瞭な画像」が確認できれば確定診断が可能です。ハチの巣状、石鹸の泡状とも言われる特徴的な所見です。
また、単嚢胞性でも繊維腫性であっても画像診断可能ですが、多嚢胞性腫瘍ほど特徴的な所見がないので知識や経験が必要となります。
病理組織検査
検査対象となる組織のサンプルを採取して、適切な染色を行うことで腫瘍細胞を顕微鏡下で確認します。腫瘍細胞に特有な異形細胞の割合や核の形状、染色の状態などを総合的に判断します。
典型的な画像を呈しない腫瘍には最も有効な検査手法です。歯原性ながら歯肉にも発生する周辺性エナメル上皮腫と、舌ガンや歯肉ガンなどの非歯原性のガンとの鑑別も可能です。
エナメル上皮腫の治療法
治療として病変部を切除・摘出することは変わりませんが、腫瘍の種類や悪性度によって、周辺組織をどの程度まで残せるのかが変わってきます。
基本的には良性の腫瘍とされていますが、再発率が高いため周辺組織も含めた切除手術が主流です。温存することもありますが、若年者に限られるため、全ての方には適用されません。
根治療法
再発を防ぐために、周辺の健康な組織や骨も大きく切除することが推奨されています。
切除した部分には、人工骨や自家骨などの移植が施されます。重症度が高いほど切除範囲を大きくする必要があるので、早期発見・早期治療することで切除範囲を小さくすることができます。
開窓療法(温存療法)
小児をはじめとした若年者に対して行われる温存療法の1種です。まだ未成熟な状態の骨を大きく切除してしまうと、成長してから美容的・機能的・心理的に大きな負担をかけることになります。そこで開窓療法が選択されることがあります。
嚢胞が大きく、小さくすることで切除範囲を小さくできることと、顎骨・歯牙が成長期で、なるべく侵襲を抑えたい場合に適用されます。病変部の壁に、適切な大きさの窓(すき間)を作ります。この窓によって、腫瘍にかかる圧力を減らして腫瘍が縮小するのを待ってから摘出します。数ヶ月から数年かかるケースもあり、期間は決まっていません。
病変部の細胞を根こそぎ取り切れないため、再発率が高いことが欠点です。
まとめ
歯の腫瘍としては頻度の高い「エナメル上皮腫」ですが、明確な原因は未だにわかっていません。しかも、初期状態では自覚症状もないため早期発見は非常に困難です。
唯一の予防方法は、定期的に歯科診療を受けて口腔内の健康管理を徹底することです。そうすることで、口の中に違和感が発生した場合に感度よく対応することができます。自覚症状がなくても、かかりつけ医は変化を発見してくれるでしょう。
また「エナメル上皮腫」を「通常の腫瘍」と同じものとして捉えると、気を付けることが見えてきます。すべての「ガン」に共通する予防法として、特定部位への不必要な刺激を避けることがあります。口の中への刺激で気を付けなければならないのは、喫煙・飲酒・虫歯・歯肉炎・口内炎などです。タバコや飲酒を控えて、口腔内を清潔に保つことが「ガン」の予防になります。
もうひとつは当たり前のことですが、十分な睡眠・適度な運動・適切な栄養摂取を心掛け、免疫力や体力を維持することです。健康状態が良好であれば、発症した腫瘍も大きくなるまでに長い期間が必要です。その間に、検診などで発見される可能性が高くなります。
普段からの健康管理が一番重要なことは、何の病気であっても変わらないんですね。