人と違うことは、個性と呼ばれてその人の長所になることがあります。しかしその言動があまりにほかの人たちとかけ離れていると、社会生活や家庭生活が送りにくくなります。最悪、人間関係が崩壊します。
社会の平均から著しく離れた言動を繰り返しながら、人間関係を壊す意図がない場合、パーソナリティ障害と診断されることがあります。パーソナリティ障害は10種類あり、それぞれ言動の特徴が異なります。そのうちのひとつ「演技性パーソナリティ障害」を中心に、この障害の全体像を見てみましょう。
なお、文献によっては「人格障害」と呼ぶことがありますが、この記事ではより差別的要素が薄いとされる「パーソナリティ障害」を使用します。
この記事の目次
演技性パーソナリティ障害とは
パーソナリティ障害は10種類あります。まずは、そのひとつである演技性パーソナリティについて解説します。
頼りになる存在?
演技性パーソナリティ障害の人の特徴は、言動が芝居がかっていることです。一人称に「小生は…」や「わたくしは…」などを使います。人の注目を集めることで快感を得ているので、周囲がその一人称に違和感を持てば持つほど使用頻度が高まります。
ただ、演技性パーソナリティ障害の人は、ある集団に属した当初は人気者になったり、頼られる存在になります。例えば会社で新規にプロジェクトチームが立ちあがったり、学校の新しい学年が始まったばかりは、メンバーやクラスの生徒たちは様子をうかがってうまくコミュニケーションが取れません。
そんなときに演技性パーソナリティ障害の人は、率先して自己紹介を始めます。その言葉は表現力豊かで、熱い想いも伝わります。さらに他のメンバーに質問をして発言を引き出します。周囲は「この人がリーダだな」と感じるようになります。
しかししばらくすると、周囲の人は演技性パーソナリティ障害の人の幼稚な思考やオーバーアクションに違和感を持ち始めます。
セクハラ
セクハラ発言もこの障害を持つ人の特徴です。この障害を持つ人が男性であれば、同僚の女性に対し性体験の質問をします。この障害を持つ人が女性であれば、自分の性体験を赤裸々に語り始めたりします。特徴的なのは、こうした性的な話題を、通常の業務時間に行うことです。酒の席や休憩時間にするわけではないのです。
それは、演技性パーソナリティの人は、セクハラ発言を重要なコミュニケーション手段と考えているからです。
「セクハラ発言を露骨に嫌がられる」→「受けていると感じる」→「コミュニケーションが取れて満足」となるのです。
性的興奮は得ていない
本当のセクハラな人と、演技性パーソナリティ障害の人のセクハラの違いは、その意図です。この障害を持つ人には、性的興奮を得ようという目的はありません。
つまり「セックスをしたい」「セックスをしよう」と言ったり誘ったりしても、実際に行動に移すことはありません。相手が困ったり不快な表情を浮かべることが目的なのです。または「私は本音をしっかり口に出せるタイプだ」ということをアピールしたいだけなのです。
つまり演技性パーソナリティ障害の人は、自分の言動に相手が強い反応を示したときに、満足を感じるのです。その反応が称賛でも拒否でもなんでもよく、ただただ強い反応を求めるのです。
演技性パーソナリティ障害の人に性欲がないわけではありません。ただ、一時の性交渉に持ち込めた場合でも、性欲を満たした満足感より、「自分と性交渉したがる人がたくさんいる」と認識できたことが嬉しいのです。
過度なおしゃれ
派手な服装で会社に来ることもあります。男性であれば、尋常な色ではないワイシャツやネクタイを着用します。女性であれば極端なミニスカートを着てくることがあります。そのような出で立ちで会社に出勤してくるのです。
またいわゆる仮病も演技性パーソナリティ障害の人に見られます。突発的に「頭が痛い」と言うことはありません。この障害を持つ人は、用意周到です。事前に何度も病院に行き、状況証拠を作ります。わざわざ職場の机で処方薬を開いて、同僚たちが見ている前で飲み始めます。
周囲から「どうしたの?」「何の病気?」「休んだ方がいいんじゃないか」という声かけを待っているのです。
パーソナリティ障害とは
3グループ
10種類のパーソナリティ障害は、3つにグループに分けられます。「演技的で移り気」グループ、「奇妙で風変わり」グループ、「不安、抑制を伴う」グループです。冒頭で紹介した演技性パーソナリティ障害は、「演技的で移り気」グループに分類されます。
その他の9種類の障害の特徴は、後段ですべて紹介します。ここでは、パーソナリティ障害全般にみられる傾向を紹介します。
融通が利かない
問題が発生したときに、それを解決する方法は人それぞれです。同じ問題がある2人に発生したとします。片方は深刻な問題としてとらえ、他方は些細な問題としてとらえることは珍しいことではありません。問題に直面しなければならなくなっても、真っ向からぶつかる人もいれば、とりあえず逃げる人もいます。
しかし精神的に健康な人は、問題に対する最初のアクションがうまくいかなければ、別の方法を考えます。ところがパーソナリティ障害の人は、最初のアクションが唯一の取りうる行動であり、その行動を継続します。このことから、パーソナリティ障害の人は「融通が利かない人だ」と評価されてしまいます。
冒頭で紹介した演技性パーソナリティ障害の場合、派手な服装で注目を集めてグループのリーダーになろうと目論み、それが失敗した場合でも、派手な服を着ることを止めることができないのです。
助けを求められない
パーソナリティ障害を持つ人は、日常生活で問題を抱えることになります。しかしその問題が、自分自身の言動が原因になっているとは考えません。なので同僚や上司に相談することをしません。
「自分は間違っていない」と考えているからです。
パーソナリティ障害の人が精神科や心療内科にかかるのは、会社の人や家族に半ば強引に連れられて来るケースが多いのです。
軽症だが弊害は大きい
精神疾患としてのパーソナリティ障害は、軽症の部類に入ります。うつ病や統合失調症の患者のように、自殺をすることは滅多にありません。そこで10年ほど前までは、精神科の医師ですら、精神疾患ととらえずに「性格の問題」で片づけてしまう人もいたほどです。
しかしパーソナリティ障害の人がアルコール依存や薬物依存という状態に進んでしまうケースが報告され始めました。またパーソナリティ障害の人が子供を持つと、さまざまな問題が生じました。子供に対して関心が薄かったり、しつけるときに感情的になりすぎたり、子育て自体を放棄してしまうことも分かったのです。
また、パーソナリティ障害を放置すると、より深刻な精神疾患を発症することも分かってきました。不安障害やうつ病などです。それで精神医療分野でも研究が進んだのです。
パーソナリティ障害の治療
パーソナリティ障害の治療方法を紹介します。
薬物療法
パーソナリティ障害の治療では、薬物療法が行われます。「選択的セロトニン再取込み阻害薬」という薬は、衝動的な行動を抑制する効果が期待できます。またこの薬は抑うつ症状も改善します。
「リスペリドン」は、3つの類型のうち「演技的で移り気」グループの患者に使われることが多いです。またこの薬は抑うつ症状を発症した人にも処方されることがあります。そのほか、過剰な不安を抑える薬も使われるでしょう。
ただ薬物療法で患者の社会での軋轢を解消することは難しいとされています。薬物はあくまで症状を軽くするだけで、患者の人格まで修正することはできないからです。
精神療法
精神療法は、医師たち医療従事者との面談によって行います。この治療ではまず、患者が抱える多くの問題が、患者自身の行動によって引き起こされていることを指摘します。その指摘は繰り返し繰り返し行われます。
患者との間に信頼関係が築かれると、医師は次に具体的に「こういう行動は取らないように」と禁止事項を患者に伝えます。例えば「怒鳴らないように」「派手な色の服は着ないように」といった具合です。
また精神療法では家族の協力も必要です。家族の悩みを患者が共有することで、自分では問題とは思っていない行動を制限するのです。本当は職場の協力が得られることが理想なのですが、しかし大抵の場合、治療を始めるころには職場が混乱しているので実現は難しいとされています。
つまり、パーソナリティ障害における精神療法は、患者の人格を社会の平均値に近づけることを主目的に据えるのではなく、問題行動を起こさない動機を植え付け、とりあえず周囲との軋轢を生まないように過ごすことを目指すのです。
「演技的で移り気」グループ
冒頭で紹介した演技性パーソナリティ障害は、3つのグループの中では「演技的で移り気」グループに属します。
このグループにはその他に3つのパーソナリティ障害があります。
自己愛性パーソナリティ障害
この障害を持つ人は、他人に対して優越感を持つ傾向にあります。そのため努力は人並み以上にこなします。実際に成功している人もいます。
しかし誰でも、努力で到達できないことがあります。この障害を持つ人がそのような場面に遭遇すると、他人からの批判や指摘を極度に恐れるようになります。
周囲からの批判や指摘が、自分の欠点に向けられているとは考えず、「私のような優れた人間にやっかんでいるんだ」と考えてしまいます。攻撃的な言動も併せ持ちます。
反社会性パーソナリティ障害
他人の権利や感情に一切見向きしません。以前は社会病質者と呼ばれていました。欲求を満たすために他人を利用するといった、不誠実な行動がよくみられます。敵意を隠さず、ときに暴力的になります。それで周囲と軋轢を生んでも、自分の正当性を主張します。
反社会性パーソナリティ障害の人は、アルコール依存や薬物依存に走ることがあります。異常な性行動に出ることもあります。女性より男性に多く発症します。
境界性パーソナリティ障害
境界性パーソナリティ障害の患者は、女性の方が多いです。「自分とは」というイメージが絶えず変化することが特徴です。それにより他者との関係も揺れ動きます。
この障害を持った人が、ある人のことを「良い人だ」と感じたとします。そのとき「この人は自分のこういう性格を理解してくれるから良い人だ」と考えているのです。しかししばらくすると、「自分はだらしない性格だ」というふうに、「自分とは」が変ってしまいます。そうなると「あの人がそんな自分を好きになってくれるはずがない」と勝手に想像してしまうのです。それで直前まで良好な関係を築いていた人に対し、突如怒ったり、無視したりするのです。
自傷行為に走る危険があります。
「奇妙で風変わり」グループ
妄想性パーソナリティ障害
他人を信用しないことが特徴です。なんの証拠もないのに「あの人は自分に敵意を抱いている」と考えてしまうのです。それで攻撃的な行動に出てしまうのです。
しかし本人は「相手が最初に攻撃してきた」と信じ切っています。それで妄想性パーソナリティ障害の人は、意外なことで訴訟を起こすことがあります。
統合失調質パーソナリティ障害
統合失調「型」パーソナリティ障害の症状より軽い場合、統合失調「質」パーソナリティ障害と診断されます。
この障害を持つ人の性格は、内向的で孤独志向です。人と親しくならないというより、他人に対して冷淡です。無口です。そして始終、空想を続けています。
統合失調型パーソナリティ障害
より深刻な病気である統合失調症と似た症状が現れます。奇妙な思考や言動に、周囲は驚かされます。「敵」と認めた人に実際に攻撃することはまれで、「あいつを不幸に陥れることなんて簡単だ」とうい妄想を抱き続けます。
ただ、統合失調症に進んでしまうことはまれです。
「不安、抑制を伴う」グループ
回避性パーソナリティ障害
拒絶されることを嫌うため、新しい人間関係を築くことが苦手です。本当は気にかけてほしいのですが、自分に自信がないため、「きっと嫌われる」「必ず注意を受けるだろう」と考えてしまい、内向的な行動に出てしまいます。
先述した統合失調質パーソナリティ障害の人は孤独を好むのに対し、回避性パーソナリティ障害の人は、本当は周囲に溶け込みたいのですがそれができない、という違いがあります。引きこもりや無口になりますが、本当はそうしたくないと思っています。
依存性パーソナリティ障害
自分で決断できないという傾向がみられます。他人の判断に従うことが多く、逆に決断を迫られると「自信がないから決められない」とはっきりと口に出して言ってしまいます。
攻撃的なところがないため、障害があることを気付かれないことが多い障害です。
強迫性パーソナリティ障害
秩序や管理を過度に重視します。周囲からは「完璧主義」と良い評価を受けることもあります。業績を上げる人もいます。根気よく作業を続けることができるため、研究者にこの障害を持つ人がいます。
典型的なタイプは、仕事は完璧、業績も上げる、部下の指導も適切、でも冷淡、成功しても喜ばない、グループの打ち上げ飲み会に参加しないという管理職です。
ただビジネスシーンでは、小さな仕事はきちんとこなせても、会社の存亡をかけた大きなプロジェクトで最後までやり遂げられない、ということが発生します。完璧さを求めるために、妥協ができないのです。それで高い地位から転落してしまうことがあります。
まとめ
パーソナリティ障害は、発見が難しい病気です。まず本人に障害という自覚はありません。精神疾患という自覚は、さらにありません。次に家族ですが、慣れてしまっている場合が多いです。「この人は難しい人」と認識してしまい、ある程度のコントロールができているので、やはり病気とは考えにくいのです。
職場の同僚や上司はその人の異常に気が付きますが、日本の企業風土では、同僚や部下に対し「精神科に行った方がよい」といったアドバイスはしにくいでしょう。
病院にかかるタイミングが見つけにくい精神疾患といえます。この記事を読んで「あの人、もしかしたら」と感じたら、ぜひ勇気を出してアドバイスしてみてください。