感染性心内膜症は、心臓の部分にある菌が巣をつくってしまう病気です。症状も多岐にわたるため、昔から治療が難しいとされてきました。この病気は、発症率はさほど多くはないのですが、初期症状が風邪に似ていることなどから発見が遅れてしまうこともあります。
放っておくと死に至るおそろしい病気なのですが、早期発見して早期に適切な治療を開始できれば、完治する可能性の高い病気でもあります。特に心臓弁に障害のある人や、人工弁をしている人には知っていてほしい病気のリスクです。
どんな病気か詳しく知り、日常で気をつけられることはないか探ってみましょう。詳しく知ることで、早期発見につなげましょう。
感染性心内膜炎(かんせんせい しんないまくえん)とは
腎盂腎炎や肺炎のような敗血症の1種です。心臓の弁に菌が感染し増殖することで、酷い感染症を引き起こし、心臓の臓器の働きを妨げるようになり、そのことから様々な心臓病の症状が発症し、酷い場合は死亡してしまうこともあります。女性より男性がかかりやすくまた、高齢者に多いのも特徴です。
菌は後に述べる様々なところから血液の中に入り、心臓に運ばれたときに心臓弁や心臓の内膜などに傷や障害があるとそこに巣食い、菌の巣(コロニー)をつくり、心臓のさまざまな部分へ感染を広げてゆき、心臓をうまく働かなくし、結果的に死に至るというものです。
感染性心内膜炎は大きくわけて、急性細菌性心内膜炎と、亜急性細菌性心内膜炎との2つに分けられます。
急性細菌性心内膜炎(急性心内膜症)
名前の通り、突然発症します。すぐに高熱が出ることが多く、数日のうちに命を失ってしまうおそろしい病気です。この場合、初期にわかる症状は高熱と、それに伴う全身のだるさです。自覚症状がこれだけだと、風邪かインフルエンザかと決めつけて2~3日寝てれば大丈夫などと間違った自己診断をしてしまったら、取り返しのつかないことになりかねません。
亜急性細菌性心内膜炎(亜急性感染症心内膜症)
なんらかの原因で血液内にはいった菌が心臓弁に着き、心臓の内膜に感染することで起きます。心臓弁に異常がある人や、障害のある人は特に気をつけてほしいものですが、こちらは急性のものと違い、数週間から数カ月かけて、ゆっくりと進行してゆきます。
感染性心内膜炎の原因は?
血液の中に感染症を引き起こす菌が入り込むことが原因となります。菌はそのほとんどが細菌で、これは色んな種類の細菌です。まれに、真菌であることもあります。どちらにしても、どの菌に感染したかという「原因菌(起因菌ともいう)」を特定するのは難しいとされています。
通常は血液中に細菌はいません。しかし、傷をおうと、傷口から細菌が血液の中に入り込むことが出来るようになります。特に、感染症を伴う歯茎の炎症や、軽い皮膚の感染症をはじめ、体の他の部位での感染症も、細菌が血液の中に入り込む原因になります。
どんな場面で感染するのか
様々な場面で感染のおそれがあります。
日常生活で感染する場合
- 怪我をして皮膚の傷口から感染する
- 歯ぐきや口腔内を噛んでできた傷から感染する
- 歯磨きで傷つけた歯ぐきから感染する
特定の病理処置から感染する場合
- 外科的手術によって感染するもの
- 歯科医療によって感染するもの
- 内科的処置によって感染するもの
- 開心手術や人工弁置き換え手術の際に感染するもの
感染したらどうなるのか
上記の感染経路をみると、どこでも感染するようで恐ろしくなりますが、健康な体の場合で、心臓の弁が正常な人には、普通は害がないのです。
人間の身体は菌が体にはいってくると、白血球が増えて闘います。また免疫反応によっても、体に入った菌はすぐ破壊されて死滅するのが普通なのです。しかし、下記のような場合には注意が必要です。
心臓弁に障害がある場合
心臓弁に障害があると、血液の中に侵入した菌はそこにつかまります。そして、心臓の内膜に基地をつくり、増えてゆきます。感染の広がりです。心臓弁の中でも、主に大動脈弁や僧帽弁に感染が起こります。
体内の菌の数が大量に増えてしまう場合
敗血症(はいけつしょう)と言われる病気を持っている場合や、免疫力が低下している場合などで菌が増殖するなど、体内での菌の数が多くなりすぎると、心臓の弁に異常がなくとも、心内膜炎を発症することがあります。
こちらも、ほとんどの場合大動脈弁や僧帽弁に感染が起こります。
外的要因による場合
現代の日本ではまずありませんが、抗生物質が普及していない国などでは感染症を引き起こすことが多くなっています。
また、違法薬物投与による注射器の使いまわしや、静脈ラインの長期使用により感染症心内膜炎を引き起こすこともあります。こういった場合では、大動脈弁や僧帽弁よりも、右心房から右心室へ向けて開く三尖弁という部位に最も感染しやすいと言われています。
感染性心内膜炎の主な症状
初期の症状は風邪とも似ているため、注意が必要です。安易に自己判断しないことが大切です。急性、亜急性の症状、そして共通する症状をみてみましょう。
急性細菌性心内膜炎の症状
突然、40度近くの高熱に襲われます。また、心拍数もあがり、全身の倦怠感などもあります。誰でも40度の熱があれば体がだるいのは当然なのですが、悪い風邪かと自己判断し放っておくと死んでしまう恐れがあります。下記の共通の症状のところも参考になさってください。
亜急性細菌性心内膜炎の症状
急性のように突然の高熱はなく、疲労感や、ほんの微熱または37.2度から38.3度の発熱と、軽い心拍数の上昇がみられます。高齢者の場合発熱がみられないこともあるので要注意です。
また、体重が減少していったり、発汗が増える、また赤血球の数の減少(貧血症状)が起こることもあります。弁についた菌が感染症を広げてゆく過程で、動脈が閉塞したり心内膜炎があきらかになるまで、上記の症状が何カ月も続くこともあります。
どちらにも共通した症状
初期症状は風邪と似ているので見逃しがちですが、急性の場合は見逃しては命の危険を招きます。風邪では現れない共通した症状を上げてみます。風邪と似ていますが、明らかに違う症状もあります。
風邪と間違いやすい症状
- 悪寒がする
- 関節が痛む
- 熱が出る
- 体がだるくなる
- 汗が出る
- 脈拍数が増える
あきらかに風邪ではない症状
- 痛みをともなう皮下結節ができる(皮下結節とは:膝や肘の関節の外側や、アキレス腱、後頭部、お尻などの、皮膚のすぐ下で骨があるところにあらわれるコブのようなもので、本来は痛みはないものです)
- 錯乱することがある
- 皮膚や白眼に、そばかすのような赤い斑点が出てくる(点状出血)
- 指の爪の下に細い、赤い線が出てくる(線状出血)
放っておくとどうなるのか
本来、急性あるいは亜急性感染症心内膜炎が疑われる場合はすぐに入院して診断と治療を行うべきものです。しかし、初期症状がよくあるもののため、よほど心配性あるいは注意深い人でないかぎり、精密検査を受けようとはしないかも知れませんね。
たとえば、こんな場合ですが、思い当たりませんか。
例)急に熱が出て、体もだるく、熱のせいか関節もやや痛むので、インフルエンザかと思って病院へ行ったけれど陰性だったため、医者から風邪薬を貰って服用して1日寝ていた。薬が効いたのか、翌日はややだるかったけれども、どうしてもやらなければならない仕事があったため、午後から出勤し、つい薬を飲み忘れてしまった。薬は1回分ぬかして飲んだが、長引いてしまった。
これが本当にただの風邪ならいいのですが、万が一、急性感染症心内膜炎を起こしかけていたらどうでしょう。現代では抗生物質も沢山あり、たいていの場合は高熱を伴う症状の場合抗生物質も処方されます。それを飲み忘れたために、炎症が治まるのが遅れてしまったら。風邪なら自分の免疫作用なども手伝い、病気をやっつけることができるでしょう。でも、心内膜症の場合、すでに弁に菌がとりついてしまっていて、巣作りを初めているかもしれないのです。
また、心臓弁に何らかの障害がある場合や人工弁の場合には、急性のものも亜急性のものも進行しやすい病気ですから、知らぬ間に心臓の働きが阻害されて心拍数が弱まり、急に意識を失ったり、死亡してしまうこともないわけではないのです。
心臓弁が菌にとりつかれると、心臓弁に穴が開いて、逆流を起こすことがあります。この場合は一部の人はショック状態になったり、あるいは腎臓やその他の臓器の機能不全に陥ったりすることもあります。
動脈も感染症にかかることで、動脈の壁が脆くなってしまい、隆起して動脈瘤となる、破裂してしまうなどという重体になることもあるのです。点状出血や線状出血は、心臓の弁からちぎれて出来たとても小さな塞栓(血管をふさぐ血栓のこと)が原因です。これが出来ているということは、大きな塞栓が出来る可能性も示しています。大きな塞栓が出来ると、心臓発作や脳卒中を引き起こすだけでなく、胃痛、血尿、四肢の痛みやしびれといった症状でも現れます。
放っておいたら、他の重症な病気にかかることも考えられます。また、完全放置すると致死してしまいます。早期発見、早期治療開始が必要なことがわかっていただけましたでしょうか。
日常気をつけたいこと
原因をみただけでは、日常気をつけられることがないように思えるかも知れません。口の中を怪我しないようにやさしく歯を磨きますか?転ばないように気をつけますか?いえいえ、そういうことではないのです。
もちろん、怪我はしないに越したことはありませんが、一番大事なのは、次のポイントです。
自分の身体の健康な状態を知っておく
会社勤務の人は定期健康診断があると思います。これをしっかり受け、結果を真摯に捉えることが重要です。また、自分の健康状態を自身で把握しておくことが、早期発見の手助けになります。
心内膜炎のリスクの高い病気
急性、亜急性ともに感染性心内膜炎にかかりやすいリスクをもつ病気もあります。これらの病気、既往歴のある方は、特に気をつけてください。
- 人工弁の手術をした人(弁膜症の手術をした人を含む)
- 弁膜症を持つ人、かかったことのある人
- 先天性の心臓疾患を持つ人
- 慢性リウマチ性の心疾患を持つ人
- 糖尿病を患っている人
- 後天性免疫不全症候群を持つ人
- 人工透析を受けている人
- 抜歯治療を受けたばかりの人
- 敗血症を患っている人
- 菌血症を患っている人
- 高齢で心臓弁が弱っている人
いずれも、最低年1回は定期的な健康診断をうけて、状態を把握することが大切です。
安直な自己判断をしないこと
特にこの病気などは、初期症状が風邪にそっくりです。他にもはじめは風邪に似たような症状が出る病気も少なくありません。脳炎や髄膜炎など、体内に炎症が起こるこれらの病気ははじめの自覚症状は風邪の症状とよく似ています。だからこそ、自己判断で「大丈夫」と判断することは、危険なのです。
自分の日常の健康状態と照らし合わせて少しでも違和感があったとき、それは体からのサインですから、そういうときには「もしかしたら」と疑ってみてください。
出された薬は飲みきる
風邪、歯の治療などでも、医師から「症状が治まったら服薬をやめていい」と言われない以上、出された薬は飲みきってください。特に抗生物質など、効き目も早く熱はすぐさがり、痛みもおさまったりしますが、それは症状がいっとき抑えられているだけで、まだ炎症の菌は死滅していないこともあるのです。症状が少しよくなったからといって、勝手に服薬をやめてしまうのは、恐ろしいことです。
症状が治まって服薬をやめ、また熱が出たとします。本来、きちんと服薬して症状が治まったものが、また症状が出るなどした場合には、心内膜炎や他の感染症の可能性をすぐに見つけられることでしょう。しかし、患者が自己判断でやめたのでは、そのせいで熱がぶりかえしたとしてまた病院へ行っても、その病気の発見が遅れることは間違いありません。
また、医師の指示通りに服薬しても、改善がみられない場合には、面倒がらずにすぐ医師のところへ行き診察してもらいましょう。別の医師のところに行ってもよいでしょう。その際は、初期の症状から当初医師に訴えた内容、処方された薬の種類と量、そしてそれを飲みはじめてからの経過を説明する必要があります。必要な場合には、かかった医師に紹介状を書いてもらうこともできます。
まとめ
早期発見と早期治療開始が完治するかどうかをはっきりと決める病気です。また初期の症状は風邪と似ているため、医師でも見逃しがちな病気でもあります。
初期症状で心内膜炎の疑いをもちエコー検査をしたところで、あまりに初期では弁の異常や菌の繁殖が見つけられない場合もあります。発熱やだるさが長引いた場合には、心内膜炎だけでなく、他の炎症性の病気や悪性腫瘍や血液の病気の可能性もありますから、循環器科あるいは内科の医師に相談し、血液検査、尿検査、胸部レントゲン検査、頭部や腹部のCT検査や眼底検査など適切な検査を受けるようにしてください。場合によっては、外科に移行される場合もあります。
風邪は万病のもとと昔からいいます。風邪がすべての病気につながるのではなく、初期症状が風邪とよく似たものが多いことを指しています。脅かすわけではありませんが、風邪かな、と思った時点で、他の病気の可能性もある、と考えてみてください。