あなたは風邪を引いて点滴をした経験はありますか?もしあるようなら、かなりの重症だったのでしょう。
最近では、風邪を引いたからといって点滴をするような治療は行われなくなってきました。
効果の限定されている点滴よりも、多種多様な効能がある飲み薬を組み合わせて処方した方がより効果的な治療を行うことができるからです。
それではなぜ、点滴をすると劇的に回復するイメージが定着しているのでしょうか?まずは、風邪とはどのような病気なのかからひも解いていきましょう。
そもそも風邪って何ですか?
風邪は、疾患名称として「かぜ症候群」と呼ばれます。
鼻やのど、気管及び気管支、さらには肺にまで広がって発生する急性の炎症をきたす疾患の総称です。鼻炎や肺炎、気管支炎なども大きな分類では「かぜ症候群」となります。
原因の80~90%はライノウイルスやコロナウイルスなどが原因とされており、病原体が気道粘膜上に付着・増殖することによって発症します。
コロナウイルスは本来重症化しないウイルスですが、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年のMERS(中東呼吸器症候群)などのように、突然変異タイプは重症化する場合もありますので注意が必要です。
症状は、発熱・鼻症状(鼻づまり・鼻みず)・のど症状(のどの腫れ・痛み)・下気道症状(せき・たん)・全身の倦怠感などが挙げられます。
一般にウイルス性の風邪は、安静にして水分・栄養を補給することにより自然治癒するので、解熱剤やせき・たんの薬などは必要に応じて使用する程度でよいとされています。
それでは細菌性のかぜはどうなのでしょうか?
細菌性のかぜは、重症化すると生命に関わることがありますので、抗生物質による治療が行われます。その際に、点滴を用いることがよくあります。
抗生物質は、血中濃度でコントロールする薬剤です。その特性上、飲み薬よりも点滴で直接血中に投与する方が即効性が高く濃度も管理しやすいからです。
ウイルスと細菌は何が違うの?
混同されていることもありますが、異なる点が2つあります。
1)大きさ
- ウイルスは、0.02~0.1μm(マイクロメートル:1μmは1mmの1/1,000)
- 細菌は、1~10μm
細菌は、ウイルスと比べると10~100倍の大きさです。
<余談1:日本人が大好きなマスクについて>
医療用マスクや防塵マスク以外に区分される家庭用マスクは、直径30μm以上の粒子を通さないように設計されています。上述の細菌やウイルスの大きさからして、マスクを素通りしてしまうことになります。つまり、家庭用マスクには細菌やウイルスの感染を防ぐ機能はありません。
しかし、感染の原因となる「せき・くしゃみ」などの飛沫を直接浴びるのを防いだり、吸気の際に加湿されることによる感染防止効果はあります。
最新の研究では、マスク脱着の際に鼻や口に触れる事で、マスクをしている方が病原体を体内に取り込んでしまう可能性が高くなるという結果もあるようです。
2)生物か非生物か
細菌は生物ですが、ウイルスは生物ではないとする説が有力です。詳細については余談2を参照ください。
<余談2:生物とは何か?>
生物と定義するためには、4つの特徴を備えている必要があります。
- その1 自己複製を行う事(繁殖によって遺伝子を次世代に残す活動)
- その2 自身で代謝を行う事(エネルギーの産生及び利用による生命維持活動)
- その3 自身と周囲に明確な境界がある事(独立して存在していること、構成する最小単位が細胞であること)
- その4 生命活動はいずれ停止する事(全く同じ個体が永久に生命活動を行うことができない)
ウイルスは、遺伝子とそれを包むタンパク質の殻のみから構成されている粒子なので自己複製も代謝も行うことができませんが、宿主の細胞に取りつくことでその機能を代用しています。
ウイルスが満たしていない特徴は、細胞で構成されていないことです。これによって(便宜上)、非生物として扱うことになっています。
ウイルスと細菌で治療に違いはあるの?
細菌とウイルスによる感染症の治療は大きく異なります。
1)ウイルスは抗ウイルス剤でしか治療できません。
抗生物質は、ウイルスには効果がありません。ウイルスを対象とした治療薬は、開発が難しいためにコストが高くなる傾向があります。ウイルスを弱毒化・無毒化したワクチンで予防することが有効とされています。
2)抗ウイルス剤は、対象となるウイルス以外には治療効果がありません。
万能タイプの抗ウイルス剤の開発も行われていますが、現行の抗ウイルス剤は対象となるウイルスに合わせてあるため、対象ウイルスにしか効果を発揮しません。
3)抗生物質が効果を示すのは細菌だけです。
抗生物質を飲めばインフルエンザも風邪も治るということはありません。昔は風邪を引いたといえば抗生物質が処方されましたが、現在では明らかに細菌性感染症が疑われる場合以外では処方されません。
つまり、ウイルス性の風邪に感染した場合には治療薬はなく、熱を下げたり・痛みを緩和したりする対処療法しか行うことができないのです。
<余談2: 日本でのみ異常に発展した抗生物質>
抗生物質には、食欲増進効果があることが知られています。例えウイルスに効果がなくても、食欲が増せば体力が回復してかぜに対する(見た目上の)治療効果が得られます。病気を見立てることが下手な医者は、抗生物質をすぐ処方する傾向があります。
先進国の中で、最も抗生物質を処方しているのが日本です。欧米でよく使用される抗生物質は5種類から10種類程度と言われていますが、日本では70種類以上が市場に出回っています。処方量も桁違いに多く、世界中で使用されている抗生物質のおよそ6割以上が日本での使用だと言われています。
抗インフルエンザウイルス薬としては、タミフルやイナビル、リレンザなどがあります。世界で使用されている抗インフルエンザ薬のおよそ8割が日本での使用であると言われています。
つまり、一般的なかぜでは点滴による治療が行われることは少ないはずなのです。
では、なぜ点滴をするのでしょう?それは単純に脱水症状を起こさない、もしくは脱水症状を改善させるためなのです。
点滴の目的と種類
点滴とは、ボトルやバッグに入った50mL以上の注射剤を静脈内に留置した注射針によって少量ずつ投与することによって治療効果を上げる持続的な静脈注射のことです。点滴に使用される注射剤を輸液と呼びます。
点滴の目的は、大きく分けると3つあります。
- 体液バランスの維持・補正により身体の恒常性(ホメオスタシス)を保つ
- 経口で栄養を接種できない患者の栄養補給
- 薬剤投与のためのルート確保
栄養補給については、絶食治療や消化器の手術後で口から栄養を摂れない患者に対して行われる治療ですので、風邪で使用されることは極めて稀でしょう。
薬剤投与のためのルート確保ですが、重症の場合や抗生物質を投与する目的の場合に行われますが、これも多くはないでしょう。
以上のことから、風邪の際の点滴は主として体液バランスの維持・補正を目的に行われるものと考えられます。
水分・電解質(ナトリウムやカリウムなど生命維持に必要な成分)・ブドウ糖などが体内に直接補給されるので脱水症状の改善に有効です。
しかし、風邪の症状が急激に改善することはありません。ではなぜ点滴を受けると、身体がとても楽になるのでしょう?
点滴の間違ったイメージ
点滴することにより、一時的に循環血液量が増えます。血液量が増えることによって、酸素や栄養が身体中に行きわたり易くなり、頭がすっきりして身体が軽くなった感じがします。実際に治療効果があるわけではないのですが、「点滴をしたら早くよくなった!」というイメージはこの体験が元になっていると言われています。
このイメージがあるため、ひと昔前は「風邪をひいたから、点滴でさっさと治してほしい」という困った患者と、それに応えてしまう医者もいたようです。健康な人に投与しても問題のない成分なので、患者の要望に応えやすかったという理由もあると思います。
また一部には、「病院側が診療費を稼ぐためにやっているんだろう」という意見もありますが、水に塩、ブドウ糖が入った程度のものなので、病院側もそれほど儲かるわけではありません。不必要な注射は、感染症やアレルギー反応などのリスクを上げるだけで、病院側にも患者側にもメリットがありません。
点滴が効果を示す本当の理由
点滴は、通常の体温と同じ(37℃)か少し低い温度で投与されますので、発熱している時にはいくらか体温を下げる効果があります。
また、点滴をしている間は安静を保っており、体力回復効果も見込めます。しかし、劇的に効果があるわけではありません
実は前述の、「頭がすっきりして身体が軽くなったような気がする」ことが最も重要な効果なのです。「自分の身体が良くなった気がする」、という心理的な効果が治るスピードを早くしているのです。
「病院で点滴を受けたので安心だ」という安心感が病気を治すのです。
患者にとっては、病院で丁寧に治療を受けたという事実こそが重要であり、薬剤の中身はさほど重要ではないというのが最終的な結論です。
まとめ
かぜをひくと体調不良になり食欲が落ちるため、水分も栄養も不足しがちです。そんな時には、点滴が非常に有効です。
しかし、食欲があるのであれば、点滴をする必要はありません。安静にして、しっかりと栄養と水分を取ることにより早期の回復が見込めます。
どの病気に対しても有効な、早期回復のために行うべき3つのことは以下の通りです。
- 十分な休養(睡眠と安静)
- 適切な分量の水分と栄養
- 適切な体温の維持(体温が低い場合には保温、高すぎる場合には冷却)
結局は、最も一般的な対応が回復への近道だということです。
関連記事として、
これらの記事も合わせてお読みください!